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第六話 ルチルの商隊

 ラミナの惨劇から五日後。

 私は杖をつき、ひたすら街道を東に向かって歩いていた。


 旅の目的地は、フェイルーンから変更し、その北にあるジーラの村にした。


 マールの村の外から見ると、あの村がどれだけ大きな山脈に囲まれていたのかを実感できる。地図によると、目の前にあるあれはアレンシアの真ん中を縦に走っている、最大にして最長の“ヴァスト山脈”だ。


 そしてこの街道は険しいながらも、山脈の南端にある。

 街道の両側は切り立った岩山になっていて、白と茶、水色のマナは潤沢だけど、青や緑はほとんど見かけなかった。


 この街道を抜けると森があり、その中に一つ、森を抜けた直後に一つ、そしてその先に一つと、計三つの街があるらしい。


 しかし、それらの街に長居するのは避けるつもりだ。


 私は災厄を呼ぶ可能性がある。

 特に森の中にあるという街は道から離れ、森の北部にあり、フォレストエルフらが住んでいるという。

 これらはマールの村で得た知識だけれど、あてにしてもいい情報だと思う。


 仮にマールの村とラミナの街が滅びたのが私のせいではなく偶然だったとしても、万が一のことが起きれば、私は全フォレストエルフから命を狙われるだろうし、なによりも、それはあまりにも悲しすぎる。


 仕方がないので街道を途中で外れ、森には入らず、ヴァスト山脈と森の間を北上して迂回うかいする道を選ばざるを得ない。道なき道を進む旅になるだろうけれど、私は東を目指したかったので、行くしかなかった。


「おやお嬢さん、あんたも東かね」


 その時、背後からきた馬車の上から、優しそうな男性の声が降ってきた。

 声の方に目を向けると、御者台から、黒い立派な口髭くちひげをたくわえた細身の男性が、馬車を止めて私を見下ろしていた。


 そしてその後ろには、四台の馬車が続いている。

 どうやら旅の商隊のようだ。


「あ、はい」


「そうか。まだ子供なのに大変だな。乗っていくか?」


「え、いいんですか?」


 その提案はとても魅力的だった。

 私が北に進路を変える場所は、まだまだ先だったから。


「構わんよ。後ろの馬車には俺の家族が乗ってる。一人くらい増えてもなんてことはない」


「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」


「いいとも。君、名前は?」


「イー……あ、いえ、マールと申します」


「マールか、いい名前だ。俺はこの商隊の長、ルチルだ。よろしくな。後ろには妻も乗ってるから、行ってみるといい」


「はいっ!」


 私は満面の笑みを見せて頭を下げ、後ろの幌馬車ほろばしやに向かう。

 そこには初老の女性と二十代後半くらいの男性が一人、長椅子に腰掛けていた。


「おや、あんたさんは?」


 女性に声をかけられた。


「ルチルさんから馬車に乗せていただけるとのことで、お邪魔いたします。マールと申します」


 うやうやしく頭を下げて、挨拶をする。


「それはそれは。さあお乗りなさい。狭い馬車で申し訳ないけどねぇ」


「とんでもございません。本当に助かります」


 私はそのお言葉に甘えて馬車に乗り込み、女性の隣に座らせてもらった。

 幻惑の杖がちょっと長すぎたので、杖には悪いけれど床に置いた。


「いいよ、出しな!」


 女性の声が御者に伝わり、商隊が動き出した。

 ごとごと、と、木の車輪が街道をむ。


 それほど速い速度じゃなかったけれど、歩くよりはずっと助かる。

 汗を拭いたり、水を消費することもないのだから。


「それにしてもなんとまあ、可愛かわいらしいお嬢さんだ。あたしたちはいろんなところに旅してきたけれど、あんたほどの美人さんには会ったことがないよ」


「そんな。あ、ありがとうございます」


 女性が持ち上げてくれたので、少し照れた。


「母さん、まずは自己紹介からだろ」


 正面に座っていた男性が言う。


「そうだったねえ。あたしはルチルの妻、ボーナ。で、真向かいにいるのが息子のエランだ」


 ボーナさんが紹介して下さると、エランさんが私に頭を下げてくれた。


「初めまして。マールと申します」


「こちらこそ。エランです」


 エランさんが手を差し出す。

 私は素直にその手を握った。


「しっかしまあ、見事なあかい髪の毛だねえ。それに瞳まで!」


 ボーナさんが物珍しそうに、私の髪に触れた。


「やっぱり……そんなに珍しいですか?」


 それは私が知りたかったことの一つでもある。

 もし紅い髪を持つ人が多い地域があれば、そこが私の故郷である可能性が高いから。


「珍しいというか、初めて見たねえ」


「そう、ですか」


 私が声を落としてうつむく。


「うーん、なにか事情がありそうだね。旅は長いんだ。良ければあたしたちに聞かせてくれないかね?」


「あ、はい」


 私は自分が記憶喪失になっていることだけ伝えた。


 マールの村での思い出は……とてもじゃないけれど語れない。

 あの場所を公言してしまうのも嫌だったから。

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