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第八話 あきらかになった呪い

 それから六日後。

 商隊はいよいよ山道の下りに入っていた。

 予定ではこの道の終わりで、私は商隊と離れる。


 ヴァスト山脈の末端に位置するとはいえ、坂道はやはり険しい。

 草木は少なく、右手は崖になっており、左側は高い岩山だ。ここで運良く得られる食料は、山の中腹で群れている山羊やぎくらいしかないだろう。


 私はすっかり商隊に馴染なじみ、最前列の荷馬車の御者台で、ルチルさんと並んで座り、談笑しながら進んでいた。


「ああ、この坂を下り終えたら、マールとはお別れなんだな」


 ルチルさんが寂しそうに言う。


「お互い旅人ですから、きっとまたどこかで会えます」


「そうだなあ、うん。マールの言う通りだな。その時のために、またうまい桃を仕入れておこうか。あの幸せそうなマールの顔を、もう一度見たいからな」


「そんな、お恥ずかしいです」


「はっはっは、本当に可愛かわいらしい子だ!」


 ルチルさんが目を細めて、私の頭をぽんぽんとたたく。

 恥ずかしかったけれど、胸がぽかぽかした。


 それにしても……と、私はルチルさんから視線をそらして、顔色を変える。

 マールの村。

 ラミナの街。

 この二つは、私が滞在して十日後に滅びた。


 ここで一つ、疑問が沸いてくる。

 私と関わって災厄に見舞われるのは、村や街だけなんだろうか。


 本当はあと五日かけてフェイルーンまで行きたかったけれど、もしこの商隊やフェイルーンの街になにかがあったら……こんな悲しいことはない。


 だから予定を変えて、フェイルーンの北にあるレゴラントの町を目指す。そこから更に北に向かって、タロン地方を抜け、ミスティカを経由し、西に向かおうと決めた。

 その先のことまでは考えていないけれど、もしあの災厄が私のせいなら、私は一生、定住を許されず、旅を続けなくてはならない身であるということになる。


 そんなの嫌だけれど。

 でも、周りの人を不幸にしてまで、身を落ち着けたくはない。


「はぁ」


 溜息ためいきの一つもつきたくなる。


 でも、この商隊の人たちは、みんな本当に明るくていい人ばかり。

 絶対に、私の災厄に巻き込んじゃいけない。


 私が肩掛けかばんをぎゅっと握りしめた、その時だった。


「落石だ!」


 後方から、叫び声が上がる。


「うそだろ、こんなところで落石なんて聞いたことがないぞ!?」


「いいから逃げろっ!」


「きゃあああああああ!」


 商隊は一瞬にして、パニックに陥った。

 震えながら見上げると、大きな岩が次々と落ちてきていた。


 まさか……まだ六日しかってないのに!

 これも、私のせいなの!?


 そんなことを考えていると、私の真上に、大きな陰がおおかぶさった。


「危ないっ!」


 咄嗟とつさにルチルさんが私を抱え、前方に放り投げた!


「ルチルさ――」


 宙で目に入ってきたのは、ゆっくり動くルチルさんの、満面の笑み。

 そして次の瞬間。

 巨岩が馬車ごとルチルさんを圧しつぶした。


「いやっ……いやああああああああああああああ――」


 私は、気を失った。


 気がつくと、山道の上で倒れていた。


「うう……いっ……」


 身体を、ゆっくりと起こす。

 右肩に鋭い痛みが走った。

 どうやらルチルさんが御者台から私を投げた時、右側面から身体を打ちつけたらしい。


 私は左手を地面について、身体を起こす。

 ふと、その手に触れるものがあった。

 幻惑のつえだった。


 どうして杖がここに?

 そんな疑問はひとまず頭の奥に引っ込めて、杖を握りしめて岩の道に突き立て、身体を起こす。

 そして目に飛びこんできた光景に、言葉を失った。


 ルチルさんの商隊の姿が、ない。


 変わりにあったのは、いくつもの巨大な岩石と、つぶれた馬車の残骸。

 そこから染み出ている、血。

 この状況が、全てを物語っていた。


「うう……こんなの、ひどい……あんまりだよ……」


 どうして、こんなことが起こるのか。

 三回連続となると、もう偶然じゃ済まされない。


 私は。

 マールという、女は。


 十日以上、街や村などの集落に滞在すると、その場に災厄を呼ぶ。

 そしてそれらの外で仲良くしてくれたものには、わずか六日で同じことが起こる。

 いや、おそらく……五日以上。


 疑惑が、確信に変わった。

 この命がつきる時まで、私は一人で旅をしなくてはならないんだ。


 私を商隊に招いてくれたルチルさん。

 本当のお母さんみたいな暖かさのある、ボーラさん。

 指導力があり、商隊のまとめ役だったエランさん。

 そして商隊で働く、気のいいみなさん。


 全員まとめて、私が起こす、災厄に、巻き込んで、しまった。


「ああ……あああああああああああああああああああああああああ!」


 天を仰ぎ、声をあげる。


 商隊のみなさんには、なんの罪もないじゃない!

 なにか罰を与えたいなら、私の命を取ればいい!

 どうしていつも私だけを生かしておくのか!


 私は、こんな宿命を背負わせたなにかを、深く、強く、恨んだ。

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