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第十話 ソトリスの村

「ねえセレニィ、本当にこっちに村があるの?」


「あるよ」


 屈託のない笑顔を見せるセレニィ。


「でも地図には、この辺りに村なんてなかったわよ?」


「そう言われても、あるものはあるんだもん」


 ぷーっ、とむくれるセレニィが、とても可愛かわいいらしい。


「それにしても、あんな危険な場所にどうして一人でいたの?」

「お兄ちゃんたちと一緒だったんだ。冒険者ごっこって言って、どんどん村から離れていって、気づいたらあそこにいた」


「で、鼠人に見つかっちゃったお兄ちゃんたちだけ、先に逃げた、と」


「うん」


「なるほどね」


 事情はわかった。

 この子も怒られるとは思うけれど、これより先は村で解決してもらおう。


 そうこうしているうちに、左側はヴァスト山脈、右側は深い森になっている境目にある、小さな村に辿たどりついた。


 そこは地図にも記されていないほど、小さな集落だった。


 私がセレニィと手をつないで向かっていくと、村は騒然としていた。

 大人たちが、鉄製の農具ややりなどを持って集結している。

 穏やかではなかった。


「あ、おかあさんだ!」


 セレニィは私の手をほどき、駆け出していく。

 この子の姿を目にした村人らは、歓喜の声をあげた。 


「……ッ、馬鹿ぁ!」


 女性がばしり、と、セレニィのほおたたく女性。


「本当に、心配かけて!」


 泣きじゃくりながら、セレニィを抱きしめる。


 セレニィも「ごめんなさい」を連呼しながら、泣いていた。

 そして奥には、三人の子供たちが正座させられていた。

 状況から察するに、あの三人がセレニィの言う“冒険者”なのだろう。


「時に、君は誰かな?」


 不意に、殺気がこもった声をかけられた。辺りは黄色いマナでかえるようだ。

 筋骨隆々で身体も大きく、立派なひげを持つ男性だ。そしてこの村のものたちは、皆が薄茶色の髪と瞳を持っていた。


「私は旅人のマールと申します。山道を通っていたところ途中であの子の泣き声を聞き、保護しました。近くに鼠人が五匹いて、動けなかったようです」


「な、なんだって!?」


 鼠人と聞いて、村人たちが声を交わした。


「あいつら、この辺にも現れるようになったのか」


 男性が拳をばしり、とたたいた。


「すいません、逆に聞かせていただけますか。この村は?」


 私が言うと、男性は先ほどの殺気がうそのように明るい笑顔を見せてくれた。


「ああ、ここはソリトスの村という。俺が初代村長のオーウェル・ソリトスだ」


 がっはっは、と、豪快に笑うオーウェルさん。

 そっか、この村はまだできたばかりなんだ。


「しかし、鼠人は下級とはいえ魔物だ。それを、君のように小さなお嬢さんが倒したなんて、到底信じられんな」


「そうでしょうね」


 もっともな話だ。


「どうやって五匹もの鼠人を倒したんだ。教えてくれないか?」


「いいでしょう。なにか壊してもいいものはありますか?」


「ああ、ちょうど壊れたたるがあったな。おい、持ってきてくれ」


 オーウェルさんが村人に命じると、三つの樽が私の十メルくらい先に置かれた。


「こんな感じでいいか?」


「ええ、充分です。それでは」


 腰からワンドを抜いて、辺りのマナを確認した。


 白、緑、青、茶、紫。


 ここにはこれらが入り交じって飛んでいる。

 炎の法術の場合、太陽のマナである白だけか、そこに緑と黄色を合わせられるが、白と緑だけでも充分な火力に変換できる。


 鼠人を焼いた火球の法術は、白と緑だけだった。

 私はあの時と同じようにワンドを樽に向けると、白と緑のマナを集めた。


「おお、おおおっ、これは!」


 オーウェルさんらが、驚嘆の声をあげる。

 そのまま私はマナで円を描いて詠唱し、火球を繰り出して樽三つを易々やすやすと焼き消した。


「お……」


 村の人たちも、目の前で起きたことに驚きを隠せないようだ。


「私は何故か、特殊な術が使えるのです。この力で鼠人三匹を撃退し、セレニィを無事に救出しました」


 きっと、私がなにをしたのか理解してもらえないだろう。

 それでもいいと思った。

 私はルチルさんたちの商隊の件で、自暴自棄になっていた。

 しかし、これが思わぬ方向に話が流れていくとは、想像もできなかった。


「君はマナが見えるのか!?」


「しかも今、マナを使ったぞ?」


「マナにこんな使い道があるとは!」


 村人たちが、口々にそう言って私を取り囲んだ。

 え……?


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