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第十二話 罰

 ソトリスの村に滞在して、九日目の早朝。


 私は村長のオーウェルさんにお礼を言って、村の人たちやセレニィに、よろしく伝えておいてほしいと言い残し、この小さくも温かな村と出て、東の森に向かった。


 地図にも載ってないようなこの村で、私はどれだけ救われただろうか。

 九日目なので、この村が災禍に襲われることはないとは思う。


 これまでのことが本当に十日以上で起こるのか。その法則性を確信できていないのが気がかりだったけれど、今度こそ何事も起こらないでほしいと願うばかりだ。


 私は村から半日ほど歩いた場所で、夜通し村の方角を監視することにした。

 もしあの村にマールの村やラミナの街のようなことが起きてしまったら、この位置からでも把握できるほどの大災害が起きるはずだ。


 しかし夜が明けても、村の方角に異変はなかった。


 これで、はっきりした。

 同じ場所に十日間以上滞在すると、その村や町は滅びる。

 六日間、いや五日間以上、行動をともにした人は、命を落とす。


「ははっ、これじゃまるっきり凶悪な魔物じゃない」


 自虐的な言葉が漏れる。

 これから私は、ずっと一人で旅をしなきゃならない。ただ一つだけ目的があるとすれば、マナが見えるというフォレストエルフに会ってみたい、ということだけだ。


 そのために私がこれから向かうウルトの街は、いちど街道に戻り、フェルゴート地方の首都フェイルーン方面である東側に向かった先の、セイジュの森の中にある。その森の何処どこかにフォレストエルフの集落があると、村でオーウェルさんから聞かされた。


 まずはウルトの街に行こう。

 そして“マナの色が識別できる”という、わずかながら私と共通点を持つフォレストエルフを探そう。もしかしたら、そこでなにか道しるべを得ることができるかもしれない。


 私はソトリスの村がある方向に一礼し、南に進んで街道を目指す。

 時折、黄色のマナを遠目から見かけることがあったけれど、そこには魔物が潜んでいる可能性が高かったので、迂回うかいすることで回避した。


 順調に街道へ抜けると、私は東に向かって歩いた。

 二日ほど歩いて行くと、辺りは木々に覆われ、爽やかな空気が流れ始めた。


 ここがセイジュの森だろう。


 この森は地図にも書かれているほど広い。その中に位置するウルトの街は、旅人たちが西や東に向かう重要な中継拠点らしい。一旦そこへ向かい、街道から外れ、森の中を北に向かうつもりだ。


 セイジュの森はマールの村にあった幻惑の森とは違い、かなり明るい森だったので、道から外れてしまうようなことはなかった。


 ただ気になったのは、街道の前方からやってくるものたちが、私を見ると顔を背け、足早に通り抜けていくことだ。


 それも、一人や二人じゃない。

 ほぼ全ての人が私に道を譲り、なるべく離れて歩き去る。どういうことなのか疑問に思っていると、通りすがりの子供から、こんな言葉を聞いてしまった。


「あかいかみ……くれない魔女まじよだ~!」


 紅の、魔女?

 言われてみれば、この言葉を街道で何度も聞いた。


 それを口にするものたちは一様に、恐怖を宿した瞳を向け、畏怖の象徴である灰色のマナを発しながら通り過ぎていく。


 なにがあったんだろう。


 私は試しに髪をフードの中に入れてみた。

 すると、うそのように周りのものたちの態度が変わった。


(やっぱりこの髪が原因だったんだ。でも、なんで?)


 こういう時は、酒場で情報を集めるのが最善だ。

 しばらくは髪を隠して行動しよう。


 私はそう決めて、街道を歩き続けた。


 二日後の夕方。


 私はセイジュの森の中、ウルトの町へとやってきた。

 この町は日光がたっぷり降り注ぎ、ところどころに大木があって、とても雰囲気のいい町だった。私がここでほしいのは、フォレストエルフたちがこの森の何処どこに住んでいるのかという情報だ。


 以前、書物で読んだけれど、フォレストエルフという種族はアレンシアに住む全八種族中、最も賢く、最も非力だという。長い耳を持ち、色白で、容姿端麗ということもあって、悪い人間や闇種族に狙われやすいらしい。


 私はあかい髪を見られないよう、フードを被ったまま宿を取り、市場で食料を調達する。この町の市場で売られていた食べ物はきのこや木の実が多くて、どれも美味おいしそうだった。しかし、鞄に入れるには限度がある。


 一般的には、私のような一人の旅人は十日分の食料を持ち、足りなくなると狩りをしたり、川で釣りをするなど、現地で調達することが多い。特に人に頼れない私は、なるべく多めに食料を持たなくてはならない。旅をするには必要な消耗品が割と多いのだ。


 そこで私は市場で、それとなくフォレストエルフについて聞き回った。

 その結果、得られた情報は、この町の北からぐ進んだ森の奥深くで、運がよければ出会えるだろう、というなんとも曖昧なものだった。


 とにかくフォレストエルフに会う。彼らと話せば、私が操るこの術についてなにか知っているに違いない。


 市場で仕入れたものを宿屋の自室に置きにいった頃には、もう空が茜色あかねいろに染まっていた。

 私は次なる情報を求めて、宿屋の店主に場所をき、ワンドをしっかり腰に差して、酒場に向かった。


 ウルトの町は、今まで私が行った町の中で最も大きいところだった。酒場は西門側に一つ、東門側に二つ、合計三箇所もあるという。


 西側はラミナの街側なので、私が通ってきた道だ。

 悲しいことばかり想起させるので、えて東門側に足を向けた。


「遊ぶ小鳥亭」と書かれた看板を見つけると、軽い扉を開いて中に入る。そこは、かなりの数の客がいてにぎわっていた。


 私は適当な席に座り、メニューを開いて、五色のキノコのパスタとジンジャーエールを頼むと、フードを下ろして料理を待つ。

 その間に偶然、耳に入ってきてしまった。


「おい、聞いたか。“紅の魔女”のうわさ


「ああ。なんでもラミナの街を稲妻で消し飛ばしたって?」


「それだけじゃあない。ラミナの街から来た商隊らに岩を落として、丸ごとぶっつぶしちまったってよ」


「そんな馬鹿な。たかが人間の女一人に、そんなことができるかよ」


「だから、ただの人間じゃねぇんだよ。血みたいに真っ赤な色の髪で、いろんな怪しい術を使うらしいぜ」


「それが本当なら、もう魔物じゃねぇか」


「ああ。だから最近、紅の魔女が使う法術を“魔法”って呼ぶヤツが増えてるらしい」


「おっかねぇなあ」


「しかしうそくさい話ではあるなあ」


「いやいや、この町の西にある上り坂がよ、紅の魔女に落とされた岩で通れなくなったって話は、ちょうどその場に居合わせた旅人らが言ってたんだ」


「その話は俺も聞いたぞ。なんでも南の街道から来た連中の話だけどな、そいつら北の街道を使って、コルセアのカリーンから東に向かっててよ、ラミナの街で休もうと思ったらなんと、焼けた煉瓦れんがしかない廃墟はいきよだったってよ!」


「マジかよ……」


 そんな噂話うわさばなしを耳にして、私の頭がずん、と重くなり、うつむく。

 そっとフードを目深に被ると、遊ぶ小鳥亭を逃げるように出た。


 まさか、そんな噂が流れていたなんて。

 私だって、好きでこんな目に遭ってるわけじゃないのに。


 なんだか悲しくて、辛くて、涙がにじんできた。

 そして宿に駆け込むと、部屋に戻って……ドアを背にして、ずるずるとしゃがみ込んだ。


「ははは、紅の魔女かぁ」


 そう言われても仕方がない。

 むしろ、災難なのは、なにも知らない私に巻き込まれてしまったものたちなんだから。


 マールの村。

 ラミナの街。

 ルチルさんの商隊。


 彼らに災厄をもたらしたのは、間違いなく私だ。

 ならば私は、罰を受けなくちゃ。


 立ち上がって涙を拭う。

 みなさん、本当にごめんなさい。


 こんな悪魔のような私に優しくしてくれて、ありがとう。


 私はこの日。

 魔法を操る“紅の魔女”という存在を受け入れた。

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