ソトリスの村に滞在して、九日目の早朝。
私は村長のオーウェルさんにお礼を言って、村の人たちやセレニィに、よろしく伝えておいてほしいと言い残し、この小さくも温かな村と出て、東の森に向かった。
地図にも載ってないようなこの村で、私はどれだけ救われただろうか。
九日目なので、この村が災禍に襲われることはないとは思う。
これまでのことが本当に十日以上で起こるのか。その法則性を確信できていないのが気がかりだったけれど、今度こそ何事も起こらないでほしいと願うばかりだ。
私は村から半日ほど歩いた場所で、夜通し村の方角を監視することにした。
もしあの村にマールの村やラミナの街のようなことが起きてしまったら、この位置からでも把握できるほどの大災害が起きるはずだ。
しかし夜が明けても、村の方角に異変はなかった。
これで、はっきりした。
同じ場所に十日間以上滞在すると、その村や町は滅びる。
六日間、いや五日間以上、行動をともにした人は、命を落とす。
「ははっ、これじゃまるっきり凶悪な魔物じゃない」
自虐的な言葉が漏れる。
これから私は、ずっと一人で旅をしなきゃならない。ただ一つだけ目的があるとすれば、マナが見えるというフォレストエルフに会ってみたい、ということだけだ。
その
まずはウルトの街に行こう。
そして“マナの色が識別できる”という、
私はソトリスの村がある方向に一礼し、南に進んで街道を目指す。
時折、黄色のマナを遠目から見かけることがあったけれど、そこには魔物が潜んでいる可能性が高かったので、
順調に街道へ抜けると、私は東に向かって歩いた。
二日ほど歩いて行くと、辺りは木々に覆われ、爽やかな空気が流れ始めた。
ここがセイジュの森だろう。
この森は地図にも書かれているほど広い。その中に位置するウルトの街は、旅人たちが西や東に向かう重要な中継拠点らしい。一旦そこへ向かい、街道から外れ、森の中を北に向かうつもりだ。
セイジュの森はマールの村にあった幻惑の森とは違い、かなり明るい森だったので、道から外れてしまうようなことはなかった。
ただ気になったのは、街道の前方からやってくるものたちが、私を見ると顔を背け、足早に通り抜けていくことだ。
それも、一人や二人じゃない。
ほぼ全ての人が私に道を譲り、なるべく離れて歩き去る。どういうことなのか疑問に思っていると、通りすがりの子供から、こんな言葉を聞いてしまった。
「あかいかみ……
紅の、魔女?
言われてみれば、この言葉を街道で何度も聞いた。
それを口にするものたちは一様に、恐怖を宿した瞳を向け、畏怖の象徴である灰色のマナを発しながら通り過ぎていく。
なにがあったんだろう。
私は試しに髪をフードの中に入れてみた。
すると、
(やっぱりこの髪が原因だったんだ。でも、なんで?)
こういう時は、酒場で情報を集めるのが最善だ。
しばらくは髪を隠して行動しよう。
私はそう決めて、街道を歩き続けた。
二日後の夕方。
私はセイジュの森の中、ウルトの町へとやってきた。
この町は日光がたっぷり降り注ぎ、ところどころに大木があって、とても雰囲気のいい町だった。私がここでほしいのは、フォレストエルフたちがこの森の
以前、書物で読んだけれど、フォレストエルフという種族はアレンシアに住む全八種族中、最も賢く、最も非力だという。長い耳を持ち、色白で、容姿端麗ということもあって、悪い人間や闇種族に狙われやすいらしい。
私は
一般的には、私のような一人の旅人は十日分の食料を持ち、足りなくなると狩りをしたり、川で釣りをするなど、現地で調達することが多い。特に人に頼れない私は、なるべく多めに食料を持たなくてはならない。旅をするには必要な消耗品が割と多いのだ。
そこで私は市場で、それとなくフォレストエルフについて聞き回った。
その結果、得られた情報は、この町の北から
とにかくフォレストエルフに会う。彼らと話せば、私が操るこの術についてなにか知っているに違いない。
市場で仕入れたものを宿屋の自室に置きにいった頃には、もう空が
私は次なる情報を求めて、宿屋の店主に場所を
ウルトの町は、今まで私が行った町の中で最も大きいところだった。酒場は西門側に一つ、東門側に二つ、合計三箇所もあるという。
西側はラミナの街側なので、私が通ってきた道だ。
悲しいことばかり想起させるので、
「遊ぶ小鳥亭」と書かれた看板を見つけると、軽い扉を開いて中に入る。そこは、かなりの数の客がいて
私は適当な席に座り、メニューを開いて、五色のキノコのパスタとジンジャーエールを頼むと、フードを下ろして料理を待つ。
その間に偶然、耳に入ってきてしまった。
「おい、聞いたか。“紅の魔女”の
「ああ。なんでもラミナの街を稲妻で消し飛ばしたって?」
「それだけじゃあない。ラミナの街から来た商隊らに岩を落として、丸ごとぶっ
「そんな馬鹿な。たかが人間の女一人に、そんなことができるかよ」
「だから、ただの人間じゃねぇんだよ。血みたいに真っ赤な色の髪で、いろんな怪しい術を使うらしいぜ」
「それが本当なら、もう魔物じゃねぇか」
「ああ。だから最近、紅の魔女が使う法術を“魔法”って呼ぶヤツが増えてるらしい」
「おっかねぇなあ」
「しかし
「いやいや、この町の西にある上り坂がよ、紅の魔女に落とされた岩で通れなくなったって話は、ちょうどその場に居合わせた旅人らが言ってたんだ」
「その話は俺も聞いたぞ。なんでも南の街道から来た連中の話だけどな、そいつら北の街道を使って、コルセアのカリーンから東に向かっててよ、ラミナの街で休もうと思ったらなんと、焼けた
「マジかよ……」
そんな
そっとフードを目深に被ると、遊ぶ小鳥亭を逃げるように出た。
まさか、そんな噂が流れていたなんて。
私だって、好きでこんな目に遭ってるわけじゃないのに。
なんだか悲しくて、辛くて、涙が
そして宿に駆け込むと、部屋に戻って……ドアを背にして、ずるずるとしゃがみ込んだ。
「ははは、紅の魔女かぁ」
そう言われても仕方がない。
むしろ、災難なのは、なにも知らない私に巻き込まれてしまったものたちなんだから。
マールの村。
ラミナの街。
ルチルさんの商隊。
彼らに災厄をもたらしたのは、間違いなく私だ。
ならば私は、罰を受けなくちゃ。
立ち上がって涙を拭う。
みなさん、本当にごめんなさい。
こんな悪魔のような私に優しくしてくれて、ありがとう。
私はこの日。
魔法を操る“紅の魔女”という存在を受け入れた。