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第06話 銀獣人

「ぎ、ぎぎ、銀獣人!?」


 オーガも充分、強い種族だ。

 しかし銀獣人化したこの僕からは、まるで子羊のように見えた。


「ルォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 右足の筋肉に力を込めて、地面を蹴る。

 次の瞬時には、オーガの背中を取っていた。


 そのオーガはまだ僕がいた場所を眺めており、姿を消したことで動揺したようだが、全てが遅すぎる。

 しゃん、という、鈴にも似た音が鳴ると、オーガの同時に両断され、べちゃり、と地面に落ちた。


 汚いものを斬ってしまった。とても不快だ。


「そそそ、そんな、れ、希少種族レアレイスが、なんでこんなとこ――」


 オーガ・シャーマンがおびえた声を出しているうちに、僕の両手には、残った二体のオーガの首があった。


「は、速すぎ――」


 ばき。

 オーガ・シャーマンがなにかを言う前に、口の中に左手を突っ込む。


「遅すぎなんだよ」


 左手で舌をつかんで引っ張り出すと、すぐさま右手を下から振り上げ、爪で両断した。


「うがあああああああああああああああ!」


 オーガ・シャーマンは、涙とよだれをまき散らし、緑色の汚い液体を吹き出しながら、口を押さえて地面にうずくまる。

 僕のユーリエを汚そうとしたことは、万死に値する。

 指先にマナを集めて魔法陣を描くと、静かな怒りを込めて唱えた。


臥牙旋円風刃スウィンファングブレイド


 魔法陣から透明な二枚の円盤が回転しながら射出されると、オーガ・シャーマンの両腕が宙を舞う。

 オーガにしては随分と細い二本の腕が宙を舞い、ぼと、と地面に落ちた。


「ぶきゃあ――――――!」


 醜い絶叫がとどろく。

 まあ、無理もないか。


「これでお前はもう、二度と魔法を使えない」


 力を込め、ゆっくりとつぶやく。

 今、ここで泣き叫んでいるのは、既に優秀な魔法使いではなく、ただの貧弱なオーガだ。僕はオーガから飛び出した返り血をちろっとめてみたけれど、あまりのさにぷっ、と吐き出した。


「お前は僕に素晴らしい魔法を見せてくれたから、それに免じて命だけは許してやろう。しかし仲間がいるなら伝えろ。今度、僕の前に姿を現したら、問答無用で八つ裂きだ。この銀の髪を忘れるな。理解したなら、大人しく去れ」


 言葉を発しながら、ぎりり、とけんに力を入れる。


「ひ、ひぎゃあああああああああ!」


 オーガ・シャーマンであったものは、立ち上がってこの場を逃げ去っていった。


 あれだけの才能を持ったオーガだったが、その代償として、普通のオーガの体格を失ったのだろう。これからのヤツの生活は、ヤツ自身がどのように他のオーガと接してきていたか次第だ。


 おそらく、その強力な魔法で、他のオーガに対してはかなり高圧的に接していたと予想できる。ところが今はしやべる口と両腕を失った、哀れで小さなオーガにすぎない。

 そんなオーガの行く末は、決して明るくないだろう。

 まあ、自業自得じごうじとくだ。


「ふん」


 僕は鼻を鳴らし、銀獣人の姿のまま、再び指で魔法を唱えてその場に洞穴を作った。

 そして眠っているユーリエを片手で抱くと、土の中に作った洞へと潜る。理性の僕が必死に心を抑えようとしたが、オーガらとの戦いで解放されてしまった身体が、勝手に動く。


 理性と本能がせめぎ合う中、僕はユーリエを荒々しく床に寝かせておおかぶさった。

 ユーリエが起きる気配は、全くない。


 ごくり、と喉が鳴る。唾液の分泌が止まらない。

 この美しいユーリエの血をすすりたい。

 その柔肌に牙を突き立て、乳房の肉をみしめたい。


 蠱惑的こわくてき艶美えんびな下半身をまわし、ゆっくり味わいたい。

 仰向あおむけに倒れているユーリエのマントを脱がし、上着に手をかけると、爪を引っ込めて、一つ、一つ、ボタンを外していく。


 やがて現れた白い下着をまくり……上げ……。

 その小さな乳房が目に入ると、僕はたまらずユーリエの腹に唇をつけ、胸へと舌をわす。


 唾液が止まらず、びたびたとユーリエを汚していく。

 止められない。

 ……うますぎる。


 予想はしていが、これほどとは。

 さあ、このまま邪魔な服を引き裂き、旨い肌に牙を突き立てよう。


 快楽に溺れよう。

 もうなにもかも。

 どうでも……。


「――バカがあッ!」


 頭を振り上げ、ユーリエに背を向けて、額を地面に思い切り打ちつけた。

 少し冷静になった隙を突き、伸びた髪、牙、爪が元に戻り、体内に蓄積されたマナが放出される。

 僕は銀色の髪を持つ、普通の人間の姿に戻った。


「はぁ、はぁ、くはぁあああ……」


 なにをするところだったんだ、僕は!

 たかが魔法を使う魔物一体の気に当てられて、自分を見失うなんて……情けない。

 僕はマントを拾い、あられもない姿のユーリエに優しく掛けると、外から荷物を持ち、再び『探知の魔法』をかけて洞穴に戻った。


 ユーリエは深い眠りの中にいる。

 さすがに土の上で寝かせるのは気が引けたので『創増草花の魔法』を唱え、草花をユーリエの下にはわせ、ベッドとした。


 こうして改めて眺めると、ユーリエは本当に可愛かわいい。

 そっと、ほおに手を当てる。


「ん……」


 ユーリエが声をあげたので驚いたけれど、しっかり眠っていた。

 そんな、草花に守られているような美しい寝姿を目にして……涙があふれた。


 心の底からユーリエが大好きなんだろ?

 ユーリエを愛しているんだろ!?

 だったら負けるなよ!


 僕は敬虔けいけんなるマール信徒だろ?

 違うのか!


 あかつきの賢者マール。

 十日間以上滞在した町や村、五日間以上旅をともにしたものに、災禍を呼び込んでしまうという。

 その深紅の瞳と髪、魔法の力で“紅の魔女”と呼ばれ、恐れられた。

 過去の記憶を失いながらも“魔法”という素晴らしい法術を、アレンシア中に広めた。


 後年、楽しかった頃の記憶を思い出し、それを石碑に刻むことを目的に、歩き続けた。

 そんなマールの信徒が、一時の欲望に溺れて愛する人を食べてしまうなんてことをして、信徒など口にするのもおこがましい。


 ごめん。

 本当にごめん、ユーリエ。


 僕は涙を流しながら、二度とこんなことをしないよう、マールに誓った。

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