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第07話 ばれた!

 翌日、僕らは再びレゴラントの町を目指し、水を切って進む舟のように、繁茂する草を切り裂いて歩く。


 オーガとの戦いの後は、旅の疲れと『強制深昏倒の魔法ディープフォールレスト』の影響で、ユーリエは朝までぐっすり眠っていた。

 でも、その後が違った。

 昨日までの元気がなく、一言も口をきかずに、俯き加減で僕の後ろをついてくる。


 なんだろう。

 怒っているような、不機嫌なような、落ち込んでいるような。

 ご飯はきっちり食べたから、体調は悪くないと思うけれど。


 そんな悶々とした思いを抱きながら歩いて行くと、やがて深い草原を抜けて、急に岩肌が露出した大地へと変わった。


「これなら見通しもいいし、並んで歩けるね」


 作り笑いをする僕。


「…………」


 反応なし。

 しゅん、と心が冷える。


 仕方なく肩を落として歩き出すと、僕の左にユーリエが並んできた。

 なんなんだろう。


 あ……。

 思い当たる節が、一つだけあることに気づいた。


 ユーリエは僕が思っている以上に賢い。

 もしかしたら昨日、僕が銀獣人であることに感づいたのかもしれない。


 だとしたら、最悪だ。


 でも、それなら僕の前から姿を消していないとおかしい。

 だって自分を食べようとした存在と一緒にいたいなど、思わないはずだ。


「ユーリエ、どうしたの? 今朝から調子が悪そうだけど。その、昨日のことなら……」


 僕の言葉にユーリエは、大きな目を見開いて微かに口を開くと、また、かくん、と首を垂れた。


「違うのカナク。いや、違わないけど……その、いろいろ考えさせられてね」


 落ち込んでいる、の、かな?


「もし良かったら、聞かせてくれる?」


「良くなくても、これから聞いてもらうけどねっ!」


 !?

 ユーリエの雰囲気が一変した!?


「まず一つ。私が落ち込んでいるのは上位魔法とはいえ、魔物が使う魔法にあっさりかかっちゃったこと。なにがカナクを守るよ、有言不実行ほど情けないことはないわ。お腹が熱くなるほど、自分に対して怒ってるの。本当にごめん」


「あ、ああ……いいんだよ。大丈夫だったから。気に病まないで」


 そっか、だから怒っているような落ち込んでるような、わけがわからない不思議な雰囲気になってたんだ。

 納得した。


「それでさ、カナク。私がかけられたのは『強制深昏倒の魔法ディープフォールレスト』だよね?」


「そうだと思うよ」


「それが二つ目。魔導士じゃないカナクが、どうしてそこまで上級魔法に対抗できるのかな?」


「う……!」


「三つ目。私の隙を突いて魔法をかけたほどの魔導師が、どうしてカナクを眠らせなかったのか?」


「う、ううぅ……」


「四つ目。それほどの魔導師をカナクは無傷で倒した。上級魔法を使うほどの相手なら、私でも無傷じゃすまない。傷は負ったけど『完全治癒の魔法コンヒーリング』を使ったのかな、とも思ったけれど、これは上級魔法だから、辺りのマナが乱れているはず。ところがそんな様子はなかった。そのカナクはどうやって戦ったのかな?」


 まさに、波状口撃。

 しかも痛いところしか突いていない。


 でも、確かにユーリエの疑念は全てもっともだ。

 どうやって答えようかと思っていたら、ユーリエは言葉を紡いだ。


「ま、そこまではどうでもいいや」


「どうでもいいんだ!?」


 ユーリエ。

 時々、本当に君がわからないよ。


「それより大問題なのは、五つ目!」


 まだあるの!?


「目覚めた時、私は上着だけ脱がされてたの。格別に暑かったわけじゃなかったし、むしろ土の洞穴はひんやりしてた。ということは……その……私を、脱がしたのって、カナクしかいないよね?」


「あっ!?」


 しまったぁ、痛恨の失敗だ。


 あの時のことを猛烈な勢いで回想する。

 確かに僕は欲望に負けて、ユーリエの服を脱がしてしまった。

 そしてユーリエを舐めて……その後、マントを掛けた。

 ユーリエが、そのままの格好の状態で。


「ねえ、教えてくれない? あのオーガとの戦いの後に、なにがあったの?」


 この期に及んで、言い逃れはできないだろう。

 僕は歩きながら、銀獣人以外の事実は話そうと決めた。


「昨日、ユーリエを眠らせたのは、上級魔法を使うオーガ・シャーマンだったんだ」


「え、うそ!?」


「嘘じゃないよ。どうしてこんなところにいるのかわからないくらいの術者で、上級魔法を使うハイレベルなオーガだった。だって、魔導士のユーリエを眠らせちゃうくらいなんだから」


「あ、う、それはごめん」


「いや、相手が上手だったことに加えて、不意打ちだったから仕方ないよ。あの時に戦った六体のオーガは囮だったんだ。互いに三体倒して、油断したところを狙われたんだ」


「じゃあさ」


「うん?」


「なんでカナクは眠らされなかったの?」


 ぬあ!

 そうだよ。ユーリエがそういう疑問を抱くのは当然だ。

 まいった。

 どうやって返事しよう……。


「そ、それは、『強制深昏倒の魔法ディープフォールレスト』が範囲魔法じゃなかったからだと思うよっ。だってさ、あの後、僕が出した土巨人で気絶させたオーガ三体が起きてきちゃったんだ。もし範囲魔法で僕やユーリエを攻撃していたら、気絶したオーガもダメージを受けちゃうからじゃないかな?」


「ふーん……納得は出来ないけれど、そこはまあいいや。それで、カナクは一人で三体のオーガとオーガ・シャーマンを相手にしたと」


「は、はい」


「それで勝ったと」


「はい」


「凄いね」


 僕が素直に返事をすると、ユーリエから意外な言葉が出ていた。


「ねえ正直に答えて。カナクって、わざと魔導士の免許を取ってないでしょ?」


「それは……うん」


「どうして? はっきり言って、カナクは私よりずっと魔法の才能があるわ! 魔法学校に通う生徒だもん。魔導士になるのが目的だったと思うんだけど、違うの?」


「そこははっきりさせておくよ。僕が魔法学校に入ったのは、マールのことを学ぶためだよ。マール経典に書かれていることは聖神殿で学べる。でも、マール最大の偉業は闇種族エヴイレイス陽種族ロウレイス、わけ隔てなく魔法を教えたことだよ。だから魔法を知ることで、より深くマールを知れると思ったんだ。そしてマールの魂を魔法から学んで、石碑巡りのための準備期間にしたかったんだ」


「カナクって、本当にマールのこととなると凄いね」


「あっ! ご、ごめん」


「ううん、素敵だと思うわ」


 ユーリエが、ようやく笑顔を僕に向けてくれた。


 ちょうど昼だし、僕らはここで休憩することにした。

 鞄の中から、ドライフルーツと水を出してユーリエに渡す。


 すると、ユーリエは地面をぱんぱん、と叩いた。

 ここに座れ、という意味だろう。


 僕は大人しく、ユーリエが指定した場所に食べ物と水筒を持って座る。

 すると、背中に温もりを感じた。

 ユーリエが、背中合わせにして座ってきた。


「カナクが困ってるの、伝わったわ。だから、あのオーガたちとどう戦ったとかは訊かないよ」


「!……あ、ありがとう」


 むう。

 随分と突然な撤退だった。

 もっと糾弾されると思ったから、脂汗が止まらなかったけれど。


「でもね、これだけは答えて」


「なに?」



「カナクって昨晩、意識のない私に……いたずらした?」



 ぶー、と、口から水を拭きだした。

 うわああ、勿体ない!


「そそ、そんな、絶対にしてない! なんでそんな!?」


「だって、私の身体から、か、カナクの匂いがするんだもんっ!」


 ……今回、最大の失敗だ。

 そうだよ。

 僕は銀獣人の姿で、ユーリエの身体を舐め回してしまった。

 その時の唾液が、そのまま――。


「ご、ごめん。汚いよね!」


「そんなことはないけど、なにをしたの?」


 ああ、失言の連鎖。

 僕の頭は大混乱だ。


「う、うう、ごめん……実は……舐めちゃった」


 小さい声で認める。


「ええっ! 私を舐めた!?」


「ううぅ」


「カナク」


「はい」


「えっち」


「…………」


 違う!

 違うんだけど!

 まったく言い返せない!


「そっかぁ、だからこんなにカナクの匂いがするんだ……」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 なんかもう、それしか言えなかった。

 まさか“食べようとした”なんて言えないし。

 昨晩、きちんとしていれば。

 本当に悔やまれる。


「その……やっぱり軽蔑するよね。嫌になるよね……ごめん」


 背中から温もりが消える。

 ユーリエが僕から離れたんだ。


 僕は膝を抱えて、項垂れた。

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