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第08話 プレゼントの魔法

 こんな僕を、軽蔑しない方がおかしい。

 ユーリエとの旅は、ここまでになるのかな。

 そんなことを考えると、寂しくて、辛くて、涙がにじんできた。


 でも、全ては僕の弱さが原因だ。

 仕方ない。


 と思っていた、その時。


 ふわり、といい匂いがして、ほっぺたに柔らかなぬくもりが広がった。

 気づくと僕は、ユーリエに包まれていた。


「ぜ~んぜん軽蔑しないよ。だって……カナクだから。わ、私は……うん、うれしい!」


「えっ!?」


 振り返りたかったけれど、強く抱き締められていて、動けない。

 でも、紅潮するほおの熱は伝わってくる。


「カナク、好きだよ」


「僕も、ユーリエが大好き」


「だったら、いいんじゃない? 私も、カナクと、そういうこと、いっぱいしたいよ」


 相変わらず……ユーリエは可愛かわいすぎる。

 しかし、僕がやったのは間違いなく罪だ。

 ユーリエが眠っているのをいいことに……食べようとしたのだから。


「でもさ」


 急にユーリエが声のトーンを落とした。


「私の意識がないときにえっちなことをするのは、ど~かなあ~」


「うぐ……」


 ユーリエの腕が、僕の首にずれる。

 し、締まる!


「ぞれは、ごべんなざい」


「ん~、許さな~い」


「ど、どうすれば?」


「そうねぇ、なにかプレゼントが欲しいな~」


 こんな旅の真っ最中に!?

 買い物もできないし……。

 だったら――


「あ、でも“じゃあ僕で”とかは、なしね」


 なしかー。そうだよね。

 ユーリエは僕の首から腕を外し、解放する。

 少しんで振り返ると、お尻をつけて座り、僕を笑顔で見上げていた。

 うう、なにか期待している顔だ。

 そんな……どうしよう。


「難しく考えることなんてないわ。誰がなんといおうと、カナクは魔法の天才よ。あのシャワーを浴びさせてくれた魔法とか、どんな書にも載っていないものをいっぱい持ってる。カナクだけの魔法を、私にもちょうだい」


「ああ、そっか。それなら、ちょうどいいのがあるよ!」


「うん?」


 僕は周囲を見回し、茂みがある場所に向かうと、そこから草の葉をいくつかもいで、ユーリエの元へと戻った。


「葉っぱ?」


「うん。見てて」


 草の山を地面に置き、腰からワンドを引き抜いて、緑と青と茶色のマナを集めると、大小二つの魔法陣を描いて詠唱する。


『草人交心の魔法』


 ワンドを魔法陣に刺すと、一つの小さな魔法陣は僕の左手、甲の上で回転する。そして草の塊が、ひくひく、と震えて集まっていった。


 やがて……ぽん、と音がして、草の小人を作り出した。


 僕が青いローブを着ていたので、ちゃんと小人も同じものを身につけている。

 そこは少しこだわってみた。


「なな、なにこれ! かぁああわいいいいいいい!」


 ユーリエが目を輝かせて、小人をのぞむ。

 そうか……ユーリエって、可愛いものが好きなんだ。

 あんまりそういうイメージは、なかったなあ。


「これ、なんていうの?」


 小人を手のひらに載せ、瞳の中に星をきらめかせて、僕に詰め寄ってくるユーリエ。


「あ、ああ、これは『草人交心の魔法』って名付けたんだ。そしてこの小人は、草人。魔法陣を二つ描いて、一つは僕とリンクしてる。そしてもう一つの魔法陣で、草に命の息吹いぶきを与えたんだ」


「ふぁああああ!? そんなことができるの!?」


「草人はこれ単体じゃあ活動できなかったんだけど、僕とリンクさせてマナを分け与えることで、動けるようになったんだ」


「そっか、だから魔法陣が二つ必要なのね。カナクのマナをこの草人ちゃんが受け取って、動いてるんだ」


「うん。これだけ小さいから索敵に使えるし、もっと小さなものなら持ってきてもらったりもでき――」


「ダメ!」


 ユーリエが、何故なぜか眉をつり上げた。


「え、え?」


「こんな可愛い草人ちゃんを働かせるなんて! そんな必要はないわ!」


「あ……でも、狭い場所に入れたり、その情報を魔法陣経由で受信したり、いろいろと便利な――」


「だ・か・ら、ちがーう!」


 ユーリエは草人を肩に座らせ、更に顔を近づけてきた。


「この子はこれでいいの、このままでいいの! しかもカナクの格好までしてて……この魔法、最っ高のプレゼントだわ! ありがとう、嬉しい!」


 まさか、こんなに喜んでくれるとは。

 偵察用で作った魔法なのに。

 でも、そんなユーリエに残念なお知らせをしなきゃならない。


「ユーリエ、僕からのプレゼントはその草人じゃないよ」


「はぇ?」


 素っ頓狂な声だった。


「その草人は少ないマナで作ったから、あと数十ミンくらいで草に戻っちゃうんだ」


「えええ――――――!?」


 驚きと悲しみが入り交じった、悲鳴だった。


「だ、だからね、僕の贈り物は、この『草人交心の魔法』そのものなんだよ」


「えっ、これを教えてくれるってこと!?」


「うん。そうしたらさ、その……僕とユーリエだけじゃなくて、草人たちを僕らの旅の仲間にできるかなあ、と思ってさ」


「カナク」


「うん?」


 やっぱりこのくらいじゃ、プレゼントにならないよね……。


「それすごい! めちゃくちゃ嬉しい!」


あら?


「だって、この可愛い草人ちゃんと旅ができるんでしょう!?」


「まあ、マナの込め方しだいではかなりの時間、もつと思うけど……」


「こんなにうれしくされちゃったら、仕方ないわね。私にいたずらしたことは許してあげるわ」


「いたずらはしてない!」


 あ……いや、そうとも言い切れないかも。

 普通の人間なら、やっていることは確実にいたずらだしなあ。


「じゃあ今夜のキャンプで教えてあげるよ。幸いここはまだ草が多いから、どこでも草人を作れるしね。だから行こうか」


「はああ、楽しみぃ!」


 本当に気に入ってくれたんだ。

 僕はほっとして、ユーリエとともに旅路へと戻った。


 そして、あっという間に夜。

 僕らは談笑しながら歩を進め、ほどよく草がある場所を見つけると『草壁円洞の魔法』を唱えて今日の寝床を確保した。そして、をたいて食事をした後、約束通り、僕はユーリエに『草人交心の魔法』を手ほどきした。


「おー、なるほど。魔法陣を複数使うのは結構あるけれど、二つの魔法陣をリンクさせるっていうのは、天才的な発想だわ」


「ま、まあ、試行錯誤の結果かな。『草人交心の魔法』もそうだけど、土巨人みたいなものでも、自分とリンクさせることで持続力や膂力りよりよくが飛躍的に上がったしね。でもその分、結構、疲れちゃうんだけど、これくらい小さな草人くらいなら問題ないよ」


すごいなあ……この仕組み、いろんなものに応用できそう」


「僕はどうも、こういうのは得意みたいでね」


「うん、本当に凄いよ。よーし、練習しよ!」


 ユーリエが、草の山にワンドを向けた。

 僕はあっさり言ったけれど、人間にこんな魔法の使い方はできないと思う。

 大自然の力であるマナを外部から直接取り込むのは、凄く危険な行為だ。だから魔法使いはワンドを持ち、その先にマナを集めて魔法陣を描く。


 どんな種族も必ず、マナを内包している。

 そして銀獣人である僕は、あの身体に変身すると、際限なくマナを吸収できる。それを使って魔法を唱えてもいいし、そのままマナをぶつけてもいい。


 そんなことができるのは銀獣人である僕だけだ。


 つまりこの草人と名付けた小人をつくる魔法を編み出したのは、銀獣人の姿でマナを操る方法を模索していた時に、たまたまできた副生成物なんだ。


 とはいえ、その習得には時間がかかると思う。

 二つの魔法陣をリンクさせるのは、僕でも苦労した。

 しかしこれが可能になると、魔法の可能性は大きく広がる。

 石碑巡りが終わってセレンディアに戻ったら、もっと魔法を勉強――


「できたー!」


 ……は?


「見て、カナク! これが私の草人ちゃん!」


 目を疑ったけれど、確かにユーリエの左手から魔法陣の力を感じるし、なにより、こちらにぴょこぴょこ歩いてくる小人は、間違いなく草人だった。


「かーわいい~~~~!」


 草人がぴょん、と跳んでユーリエの手のひらに載ると、ユーリエがそれを僕に見せてきた。

 確かに可愛い。おまけにユーリエの服装を忠実に再現している。

 ……僕のより出来がいいじゃないか。


「ねえ、カナクも草人ちゃんを出してよ。一人じゃ可哀想かわいそうだよ」


「え、あ、うん」


 僕は動揺しながら、草人を作る。

 なんて才能だ、ユーリエって子は。超高難易度の魔法だから、旅をしながらゆっくり教えようと思ったのに、たった一日でマスターしてしまうとは。

 おそろしいほどの才能。とても人間とは思えない。


 などと考えているうちに、僕の草人ができた。

 するとユーリエの草人は大喜びで、ユーリエの手から離れて僕の草人と抱き合った。


「あ……な、なんか、恥ずかしい、ね」


「うん、確かに」


 草人らのそれは、完全に愛情表現だった。


「ちょっとおチビさんたち! 本人の前でいちゃつくな~!」


 両手を振り上げ、理不尽に怒るユーリエ。

 逃げ回る草人。


 なんだろう、この幸せな光景は。

 口許くちもとが自然に緩み、目が細くなる。


 こんな時間が、ずっと続けばいいのにな。

 いや、きっとこれからもユーリエと仲良くしていけるさ。


 そのためにも僕はもっと成長して、銀獣人の欲望に打ち勝てるようにしないといけない。

 逃げる二人の草人と、真っ赤になって追いかけるユーリエを目にして、心を新たにしていた。

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