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第09話 レゴラントの町

 それから一ヶ月と少し後。

 とうとう僕らは、フェルゴート王国領内にあるレゴラントの町に到着した。


「ち、小さい町ね……」


 ユーリエが、肩に草人を乗せたままつぶやく。

 確かにこれまで石碑があった場所は、セレンディアの町、コルセア王国の王都カリーンだ。


 それらと比べると、北にホイップクリームがかかったケーキのようなヴァスト山脈の稜線りようせんが美しく、西には澄んだ水をたたえた湖があり、骨休めにはもってこいの町だったけれど、お世辞にも大きな町とは言いがたかった。


 メインストリート沿いに酒場、宿屋、聖神殿、市場、商店が一望できる。

 ある意味、小さいながらも必要なものがそろっており、合理的ではあった。


 時刻は九ハル。

 まだ朝だからなのか、人通りはまばらだ。そして主に男性が農具を入れたカートを引いていることから、この町の主産業は農業だと推察できた。


 フェルゴート王国は南と東に豊かな海がある。

 故に魚介類は当然だけれど、塩も採れる。特に塩は内陸では言い値段で売れるので、フェルゴート王国全体で考えれば塩業こそ最大の収入源であり、アレンシアで最も栄えた理由でもある。


「どうしよっか、ユーリエ。先に宿を取るか、聖神殿にいくか、ご飯を食べるか」


「ごはん!」


 率直そつちよくでいいね。


「じゃあ酒場で、朝ご飯にしようか。そこから宿で部屋を取って、いよいよ三つ目の石碑だ!」


「おー!」


 ユーリエが右手を元気よくあげた。

 それから僕らは酒場に入って、パンと子羊の肉と新鮮なサラダ、そしてフェルゴート特産の桃を注文して食べた。どれも絶品だった。

 パンは焼きたてなのか温かくて柔らかく、子羊の肉は臭み消しに香辛料をふんだんに使っており、ジューシーで歯切れもいい。サラダは瑞々みずみずしくて、シャキシャキとした歯ごたえが抜群だ。

 そして桃は……あれ?


「ねえユーリエ、僕の桃を食べた?」


「うん。美味おいしかったよ」


「え~、そんなぁ……」


「カナクこそ、私は美味しかった?」


「!?」


 ぼっ、っと顔が発熱する。

 それはずるい。


 ……美味しかったけれど。


「で、桃がなに?」


「なんでもないです」


 完敗だった。

 桃以外の美味しい料理を堪能した僕は、食事を済ませてユーリエと共に宿屋に向かった。扉を開くと、感じの良い笑顔を向けてくれる、鶯色うぐいすいろの髪のお兄さんが、カウンター越しから僕らを迎えてくれた。


「“山と湖の憩い亭”へ、いらっしゃいませ。部屋をご所望で?」


「はい」


「承知しました。何泊で、何部屋にしますか?」


「えっと、一泊で、部屋はふた――」


 どん。

 ユーリエに肩でどかされた。

 もう……。


「お部屋は一つで!」


かしこまりました。では一泊二日、お二人一部屋なので五〇〇〇エルに……あれ?」


 その時、お兄さんがユーリエの左腕に着いている腕輪を目にした。


「まさか君たち、石碑巡りなのかな?」


 僕とユーリエが、顔を見合わせる。


「はい。僕はカナク、こちらはユーリエ。セレンディアからきた石碑巡りです」


「なんだ、そうだったのかぁ! じゃあこれからレゴラントの石碑を見に行くの?」


「ええ。部屋が取れしだい、向かうつもりです」


「感激だなあ。僕がここの宿屋を継いでから、初めて石碑巡りのお客さまに会えたよ」


「それは、どうも」


 人懐っこいお兄さんが、爽やかな笑顔を向けた。


「うちの宿屋は代々、石碑巡りから宿賃は取らないようにと言われてるんだよ。だからお金はいらないからね。何泊でもしていってね」


「本当ですか!? それは、助かります!」


「見たところ、預かった方が良さそうな荷物もなさそうだし、聖神殿に行ってきていいよ。戻ってきた頃には、部屋を準備しておくから」


「ありがとうございます」


「では、お言葉に甘えさせて頂きますわ!」


 僕とユーリエが、深々と頭を下げる。


「いやいや、ここまでの旅でも感じたと思うけれど、石碑巡りは縁起ものでもあるんだ。きっとこれからお客さんも増えると思うから、こちらとしてもありがたいんだよ。うちを選んでくれてありがとう」


 そういえば、ソーンさんもそんなことを言っていたっけ。

 特にマールの石碑があるセレンディアやカリーン、ここレゴラントなんかでは、強くそれを感じる。

 旅は楽し……過酷だけれど、だからこそこういう温かさが、とてもうれしく感じた。


 僕らとお兄さんは互いに頭を下げ合った後、部屋の心配がなくなった僕らは早速、レゴラント・マール聖神殿に向かった。

 僕らは宿屋の右手奥、年季の入った聖神殿に向かって歩く。


 この町と同様、さほど大きくない聖神殿の扉を開くと礼拝堂になっており、長椅子がいくつか並べられていたその奥に、ローブに身を包んだ女性がマールの像に祈りをささげていた。


「失礼します。僕らはセレンディアからやってきた石碑巡りです。聖神官さまはおられますか?」


 僕の声が、ホールに反響する。

 するとローブの女性が、立ち上がって振り向いた。


「石碑巡り?」


 やや幼い声が、僕の耳を優しく震わせる。

 ユーリエよりも小柄で童顔。特徴的な長い耳と茶色の髪、そして透き通るような白い肌。

 フォレストエルフだ。


 陽種族ロウレイスの中で最も美しくマナの扱いにけているけれど、膂力りよりよくは最も低い。故にもっぱら扱う武器はナイフか弓だけれど、魔法と弓に関しては他の種族の右に出るものはない。

 闇種族エヴイレイスにもダークエルフがいるけれど、あちらとは敵対関係なので、この辺りで見かけることはないだろう。


 最も、この両種族の上位にあたる希少種族レアレイスである銀獣人の僕は、どちらからも恐れられる存在だろうけれど。


「私はユーリエ、こちらは従者のカナクと申します。セレンディア、カリーンの石碑を見た後に、ここまでやってきました」


 こらこら。

 誰が従者?


「それはそれは、遠いところをよくお越し下さいました。ようこそ、レゴラント・マール聖神殿へ。私がここの司祭、ケイティーリナです。ケイトとお呼び下さいませ」


 ケイト司祭が、マール信徒の辞儀をする。

 僕らも併せて同じようにして、頭を垂れた。


「では早速、ここの石碑をご覧になりますか?」


 ケイト司祭が目を細めて微笑ほほえむ。

 か、可愛かわいい。

 意図せず見とれているとユーリエが「お願いします」という言葉と同時に、僕の脇腹に肘をめり込ませた。


「おお……ねがい、します」


 いくら銀獣人とはいえ、急所はある。

 痛い。


「ふふふ。仲がよろしいようで、可愛らしい石碑巡りですね。では私が案内しましょう。こちらへ」


 ころころと笑うケイト司祭が、僕らを案内してくれた。

 仲がよろしいように見えのですね。ちょっとうれしいかも。


 それはまあともかく、レゴラントの石碑も地下通路の先にあった。ケイト聖神官がワンドにマナをめて『灯火ともしび辺照の魔法』を使い、辺りを照らす。


 セレンディアの司教さまのようにランタンではなく、わざわざ明かりに魔法を使うということは、それほど物資が潤沢ではないのだろう。

 こういうところが、セレンディアとレゴラントでは、町の規模の違いだろう。

 そんなことを考えていると、やがて正面に扉が見えてきた。


「青の扉の奥に、石碑が安置されています。もう三度目なので、勝手はわかると思いますから、私はここで待っていますね」


「はい、ありがとうございます」


 ケイト司祭の言葉に、答える僕。

 そして瞬時に左足を上げ、僕の足を踏みつけようとしたユーリエの攻撃をかわした。

 ふっふっふ、そう何度も同じ手は通じないよ。


「じゃあ行こうかユーリエ」


「そぉーね!」


 ううむ。不機嫌。

 僕は扉に手をかけ、ゆっくりと押して中に入ると、ユーリエもととと、と歩いて着いてきた。扉を閉めると、やはり漆黒が僕らを包み込んだ。


「ほんと、これだけは、なんとかならなかったのかしら!」


 弱々しい声で、僕に身を寄せるユーリエ。

 僕は勇気を振り絞って、ユーリエの左肩に手を置いた。


「え?」


 驚くユーリエの声。当然、顔は見えない。

 でも、拒むことはなかった。

 僕らはそのまま歩き、光がある場所を探る。

 それは右手にあった。


「あれね」


「うん。行こう」


 ぐい、とユーリエの肩を引き寄せる。

 い、今は緊急時なので、仕方ない。

 これまでの石碑同様、やがて光が大きくなっていく。


 そして、僕らはまた光に包まれた。

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