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第11話 よどみ井戸と逆さまの嫁入り

「真澄ちゃんって、井戸に顔映して笑うタイプ?」

「……なにその性格診断みたいな聞き方」

 亜希の唐突な質問に、真澄は今日も淡々と対応していた。ふたりは古民家カフェでお茶をしていたはずだったのに、話題はいつの間にか地元の「曰くつき井戸」についてになっていた。

「だってね、“よどみ井戸”って知ってる? この町のはずれにある井戸なんだけど、嫁入り前に覗くと“逆さまの自分”が見えるって」

「……逆さまの自分?」

「うん、顔だけ下に映るんだって。それが“嫁入りの失敗を暗示する”とか、“逆さまの人生に入る”とか言われてるの」

「まさか、“呪いの水面に自己認識を反転される”系?」

「難しい言い方すると怖いからやめて」

 真澄はやれやれと頬杖をついたが、すでに興味は引かれていた。

「記録はあるの?」

「あるよ~。図書館で“嫁井戸録”って手書きの記録帳見つけたもん。村の娘さんの名前と、『井戸を覗いた日』『嫁入りした日』『行方』って三項目が書かれてて……」

「『行方』ってなにその物騒な項目!!」

「ね? やばいよね? 見に行こうよ!」

 ***

 というわけで。

 その日の夕暮れ、ふたりは町の旧家屋敷跡に来ていた。

 苔むした井戸、壊れかけた屋根、鳥の鳴き声すらしない森の奥――そこに、“よどみ井戸”は確かに存在した。

「ほんとにあった……」

「見た目はふつうの井戸だね。桶もないし水も……あれ、水、濁ってる?」

 真澄が懐中電灯で照らすと、井戸の底にじんわりと揺れる水面があった。だが、その水は黒く、光を反射しない。

「なんか、鏡っぽい……」

「これが“よどみ”かもね」

 亜希はおもむろに身を乗り出す。

「……え、覗くの?」

「うん♡」

「ちょっと待って!? こういうの、安易にやっちゃだめなやつでは!?」

「でもでも、好奇心には勝てないっ♡」

「“知ってて踏む地雷”やめてぇぇぇ!!」

 しかし、時すでに遅し。

 亜希は井戸の中を、覗いてしまった。

 ***

 一瞬、風が止んだ。

 さっきまで聞こえていた木々のざわめきも鳥の声も、まるでスピーカーを切ったかのようにピタリと止んだ。

「……ねぇ、真澄ちゃん」

「なに?」

「わたし、今……逆さまの顔、見えた気がする……」

「やっぱり!? 呪い確定じゃん!」

「でもね……それ、わたしの顔じゃなかったの」

「……は?」

 亜希の顔は、笑っている。

 でもその目だけは、妙に焦っていた。

「誰かの顔だったの。笑ってるんだけど、こっち見てて……口が、ゆっくり動いてて……」

「なにか、言ってた?」

「うん。“今から入れ替わるね”って」

「ホラー映画の台詞か!!」

 真澄は即座にスマホを取り出し、音声メモアプリを立ち上げ、井戸の構造と状況を録音しはじめた。

「ねぇ、こんなときメモと録音してる人初めて見たんだけど」

「いや、記録残しとかないと呪いの因果関係特定できないから」

「なんかもう、呪いへの対応力が育ちすぎてて逆に怖い」

 ***

 そのときだった。

 井戸の中から、足音がした。

 ポチャン……ザバァ……キィ……コォ……

 水の中を何かが這い上がってくるような、重く濡れた音。

 そして――

「……“嫁ぐの、代わって”……」

 井戸の口から、逆さまの花嫁衣裳を着た女が出てきた。

 顔が上下反転している。口が額の中央にあり、目が顎にある。

「えっ、なにその構造!? 人間じゃないよね!? “顔の並べ方”間違ってるよね!?」

「呪いの実体化か……これはレアだ……!」

「感動してる場合かあああ!!」

「でも、“代わって”ってことは、結婚したいのかも」

「婚活の手段が呪いとか、世も末だな!!」

 逆さまの花嫁は、じり……じり……と亜希に近づく。

「わらって……わらってよ……かわいくない?」

「圧がすごい!!!」

 とっさに亜希は叫んだ。

「真澄ちゃん! 写真撮って!! わたし今から“逆さまポーズ”でツーショット撮るから!!」

「なにその対処法!? SNS映えで殴り返すの!?」

「“映えに勝てる呪いなし”って言うでしょ!」

「言わないよ!!」

 だが、スマホのシャッターが切られた瞬間――

 逆さまの花嫁は、スッと消えた。

 音もなく、静かに、空気に溶けるように。

「……え、消えた?」

「たぶん、満足したんじゃない? 映れたから」

「自己承認欲求が満たされた式神ってなに!?」

 ***

 後日。

“よどみ井戸”は立入禁止となった。が、なぜか地元のインスタグラムで「逆さポーズチャレンジ」が流行したという。

 亜希と真澄は、その写真を見ながら首をかしげた。

「この人、花嫁の霊じゃなくて、“加工フィルターの妖怪”だった説ない?」

「あると思う」

(第11話『よどみ井戸と逆さまの嫁入り』:End)


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