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第12話 ぬめり社と四十年の笑念

「ねえ和馬、ここ行こうぜ。『ぬめり社』って名前だけでもう優勝だろ?」

「絶対イヤだ」

「まだ場所も言ってねーのに即答!? なんで!? 名前だけで判断すんのやめろよ!」

「“ぬめり”って付いてる神社に、いい話あると思うか?」

 啓介がスマホを差し出してくる。そこには、手書きの地図の写真が表示されていた。地元の廃神社マニアによって公開されている、“地図から消された神社一覧”だ。

【No.37】ぬめり社(通称・笑神神社)

 かつて“笑念封じの神”を祀ったとされる

 参拝時の作法:「笑わずに拝む」「参道を逆から通らない」

 最後に参拝記録があるのは昭和59年。以降、封鎖状態。

「いや、“笑神”って……笑わせるのか、笑わせないのか、どっちなんだよ……」

「だから行って確かめようよ!」

「いやだって、“笑うな”って書いてあるのに“笑神”で“ぬめり”で“封鎖”でしょ? 不穏ワード詰め合わせセットじゃん!」

「だからこそ行く価値があるんだよ!」

 ***

 というわけで来てしまった。

 薄暗い森の中、道なき道を進むこと15分。ぬめり社と呼ばれる場所は、泥と苔に埋もれた鳥居の向こうにひっそりと存在していた。

「ぬるっ……うわ、ぬめってるぬめってるぬめってる!」

「うわ、社殿の柱、苔じゃなくて……なにこれ? 人の……髪? いや違うな……笑ってる顔……?」

「ちょっと待って! 社の装飾が全部“笑顔の彫り物”になってるぞ!?」

 確かに、欄間や柱の模様がすべて“笑っている顔”で構成されていた。よく見るとそれぞれ微妙に違う。無邪気な笑顔、営業スマイル、皮肉なニヤリ、心底楽しそうな爆笑顔……。

「これ、いわゆる“笑念”だよ」

「なんだそれ」

「人間が心底笑ったときに出る“念”。この神社はそれを封じてきた。つまり――“笑いすぎた者たちの残り香”が染みついた場所なんだよ!」

「怖っ! なにそれ、元気玉のホラー版みたいな!? 人の爆笑が集まりすぎて呪いになるとか新しすぎるだろ!!」

 ***

 社殿の奥に、石でできた祭壇があった。

 その上には、ただひとつ、白木でできた仮面が置かれていた。

 笑っている。

 だがそれは、明らかに人間の筋肉構造では作れない笑顔だった。

 目は逆三角形に釣り上がり、口は耳を突き抜けている。

「おいおいおい……なにこれ、笑顔の限界突破……?」

「これが“笑神面”だよ。触れた者は“笑いが止まらなくなる”っていう逸話がある」

「ぜっっっっったい触るなよ!? フリじゃねーからな!?」

 そのときだった。

 鳥居の方で、チリ……と鈴の音が鳴った。

 二人が振り返ると、参道の先から一人の女が歩いてくるのが見えた。

 白装束。ゆっくりと、にこにこ笑っている。

「なにあれ……」

「もしかして、最後の参拝者……?」

 女は二人の前で立ち止まり、こう言った。

「わらってください。

 わらってくれないと、

 わたしが、死ねないんです」

「うわあああああああああ!!!」

 啓介は思わず大声で笑った。

「やめろばかあああ!! 笑ったら“封印”が――」

 その瞬間、祭壇の仮面がカタリと動いた。

 仮面の口が、すこし広がった気がした。

「やべぇ……笑い“吸い込まれた”かも……」

 啓介の笑いが止まらなくなる。

 ゲラゲラゲラゲラ!!

 涙を流しながら笑い続ける姿を、女はにこにこと見つめる。

 そして静かに、こう言った。

「ありがとう。

 笑ってくれて。

 やっと、逝けます」

 女はフッと消えた。

 空気が静まり返る。

 和馬は、ひとこと。

「……なんで毎回お前がオチになるんだよ」

 啓介は、それでも笑い続けていた。

(第12話『ぬめり社と四十年の笑念』:End)


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