「修平くんって、“女の髪”って苦手?」
「朝から何の話だよ、それ」
珍しく紗那が話しかけてきたと思えば、話題が朝食向けではなかった。
「いや、なんかね。“さざれ髪の参道”っていう場所があるんだって」
「それ、どんな髪だよ。さざれ石の親戚か?」
「違うよ。“さざれ髪”って、地面から女の髪が生えるの。で、その髪を“踏んだら呪われる”っていう話」
「うわ出た。またそういう“気をつけようがない系”のルールか……」
「しかも、髪を踏んだら“持ち主の記憶が降りてくる”って。記憶に巻き込まれるんだってさ」
「踏むだけでそんな高性能? それもう髪じゃなくてUSBケーブルだろ……」
「というわけで、見に行ってみようよ」
「今の流れで“よし行こう”になるやつおるか!?」
***
山間の古い参道。
舗装はなく、苔むした石段が細々と続いている。
そこに、確かにあった。
黒髪。
無数の、長い、艶のある、黒髪が――地面の割れ目から生えていた。
まるで植木のように、地面に定着しており、風にそよいでいる。
「なにこれ、怖……っていうか、超リアル……」
「一本一本、切りたての人毛みたいに見えるよね」
「見えるよね、じゃねぇよ! その言い方やめろ!」
紗那はさっそくスマホを構え、しゃがみこんで撮影を始める。
「修平くん、先に進んでくれる?」
「俺が先行!? フラグ建築士みたいな扱いやめてくんない!?」
「だって、わたし後ろから撮るから~♡」
「何その圧倒的に“撮れ高”だけ考えてるスタンス!!」
それでも進むしかなかった。
注意深く、髪を踏まないように石段を歩く。
足場は悪く、光は少ない。だが髪は、地面にびっしりと生えている。まるで、地面そのものが“頭皮”であるかのように。
「これ……誰の髪なんだろうな」
「ね。わたしも調べたけど、地元では“参道娘”って呼ばれてる女の霊がいてね、その人の髪らしいよ」
「またざっくりした情報だな!」
「でも、その人、祀られてたっていうより“忘れられてることに怒ってる”っていう伝承なんだって」
「じゃあ、俺らみたいな“外から来たリアクション系人材”は完全にターゲットじゃん!!」
***
そのとき、修平の足が、ほんの少しバランスを崩した。
一筋の髪を――踏んだ。
ピシッ。
その瞬間、世界が――暗転した。
風が止まる。鳥の声も消える。石段が、赤く染まって見える。
紗那が何かを叫んでいるが、音が聞こえない。
そして、修平の目の前に――女が現れた。
白い顔。唇だけが真っ赤に染められている。
口が開いた。
「わたしの顔……見える……?」
「うわ、見える! 見たくなかったけど見えてる!!」
「わたしの記憶……入れてあげる……わたしの“最期”を……」
「いや! いらない! 俺の脳、今けっこういっぱいいっぱいだから!!」
女が手を伸ばす。
が――その腕を、紗那がつかんだ。
「ごめんね。修平くん、ちょっと怖がりなんだよ」
「説明のトーン軽っ!?」
「だから、私が代わりに“話だけ聞く”ね」
そして彼女は、女の髪を、そっと撫でた。
「……思い出してほしかったんでしょ?」
女は、少しだけ微笑んだ気がした。
そして――
髪が、ほどけるように地面へと沈んだ。
***
帰り道。
参道はすっかり“ふつうの石段”に戻っていた。
「なあ……紗那」
「ん?」
「おまえ、霊に好かれるよな」
「うーん、“聞く気がある顔”してるのかもね」
「“話しかけやすい女子”かよ」
彼女は少し笑って、ふと言った。
「でも、髪の感触……あれ、本当に“寂しかった”んだよ。ざわざわしてて、怖いんじゃなくて、“会いたかった”って」
修平は思わず黙った。
ただ、彼の靴の裏に――一本の黒髪が、こっそりと絡まっていることに、そのときはまだ気づいていなかった。
(第13話『さざれ髪の参道娘』:End)