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第13話 さざれ髪の参道娘

「修平くんって、“女の髪”って苦手?」

「朝から何の話だよ、それ」

 珍しく紗那が話しかけてきたと思えば、話題が朝食向けではなかった。

「いや、なんかね。“さざれ髪の参道”っていう場所があるんだって」

「それ、どんな髪だよ。さざれ石の親戚か?」

「違うよ。“さざれ髪”って、地面から女の髪が生えるの。で、その髪を“踏んだら呪われる”っていう話」

「うわ出た。またそういう“気をつけようがない系”のルールか……」

「しかも、髪を踏んだら“持ち主の記憶が降りてくる”って。記憶に巻き込まれるんだってさ」

「踏むだけでそんな高性能? それもう髪じゃなくてUSBケーブルだろ……」

「というわけで、見に行ってみようよ」

「今の流れで“よし行こう”になるやつおるか!?」

 ***

 山間の古い参道。

 舗装はなく、苔むした石段が細々と続いている。

 そこに、確かにあった。

 黒髪。

 無数の、長い、艶のある、黒髪が――地面の割れ目から生えていた。

 まるで植木のように、地面に定着しており、風にそよいでいる。

「なにこれ、怖……っていうか、超リアル……」

「一本一本、切りたての人毛みたいに見えるよね」

「見えるよね、じゃねぇよ! その言い方やめろ!」

 紗那はさっそくスマホを構え、しゃがみこんで撮影を始める。

「修平くん、先に進んでくれる?」

「俺が先行!? フラグ建築士みたいな扱いやめてくんない!?」

「だって、わたし後ろから撮るから~♡」

「何その圧倒的に“撮れ高”だけ考えてるスタンス!!」

 それでも進むしかなかった。

 注意深く、髪を踏まないように石段を歩く。

 足場は悪く、光は少ない。だが髪は、地面にびっしりと生えている。まるで、地面そのものが“頭皮”であるかのように。

「これ……誰の髪なんだろうな」

「ね。わたしも調べたけど、地元では“参道娘”って呼ばれてる女の霊がいてね、その人の髪らしいよ」

「またざっくりした情報だな!」

「でも、その人、祀られてたっていうより“忘れられてることに怒ってる”っていう伝承なんだって」

「じゃあ、俺らみたいな“外から来たリアクション系人材”は完全にターゲットじゃん!!」

 ***

 そのとき、修平の足が、ほんの少しバランスを崩した。

 一筋の髪を――踏んだ。

 ピシッ。

 その瞬間、世界が――暗転した。

 風が止まる。鳥の声も消える。石段が、赤く染まって見える。

 紗那が何かを叫んでいるが、音が聞こえない。

 そして、修平の目の前に――女が現れた。

 白い顔。唇だけが真っ赤に染められている。

 口が開いた。

「わたしの顔……見える……?」

「うわ、見える! 見たくなかったけど見えてる!!」

「わたしの記憶……入れてあげる……わたしの“最期”を……」

「いや! いらない! 俺の脳、今けっこういっぱいいっぱいだから!!」

 女が手を伸ばす。

 が――その腕を、紗那がつかんだ。

「ごめんね。修平くん、ちょっと怖がりなんだよ」

「説明のトーン軽っ!?」

「だから、私が代わりに“話だけ聞く”ね」

 そして彼女は、女の髪を、そっと撫でた。

「……思い出してほしかったんでしょ?」

 女は、少しだけ微笑んだ気がした。

 そして――

 髪が、ほどけるように地面へと沈んだ。

 ***

 帰り道。

 参道はすっかり“ふつうの石段”に戻っていた。

「なあ……紗那」

「ん?」

「おまえ、霊に好かれるよな」

「うーん、“聞く気がある顔”してるのかもね」

「“話しかけやすい女子”かよ」

 彼女は少し笑って、ふと言った。

「でも、髪の感触……あれ、本当に“寂しかった”んだよ。ざわざわしてて、怖いんじゃなくて、“会いたかった”って」

 修平は思わず黙った。

 ただ、彼の靴の裏に――一本の黒髪が、こっそりと絡まっていることに、そのときはまだ気づいていなかった。

(第13話『さざれ髪の参道娘』:End)


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