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第2話 夫婦の距離

2-1: 義妹との友情



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レナの新生活が始まってから数日が経った。夫セリオとの関係は相変わらず冷たく、会話らしい会話はほとんどなかった。しかし、屋敷内で唯一の救いは、義妹リリアンの存在だった。


リリアンはセリオの実の妹で、明るく快活な性格が印象的だった。初めて会ったときからレナに親しみを込めて接し、屋敷の中を案内してくれるだけでなく、些細な会話にも心を開いてくれる。



 クロフォード公爵家の新しい公爵夫人となったレナは、義務として社交界にデビューする日を迎えた。これまでも貴族として基本的なマナーや振る舞いは身についていたものの、大国の公爵家の一員として臨む初めての場は、これまで経験したどんなものとも違う重圧を伴っていた。


「公爵夫人としての務めを果たすだけ。私ならきっとできる……。」


そう自分に言い聞かせながら、レナは見事な刺繍が施された淡い青のドレスに身を包み、準備を整えた。義妹リリアンが髪飾りを整えてくれながら励ましてくれる。


「レナ、大丈夫ですよ。あなたはとても美しいし、誰よりも優雅に振る舞えますから!」


「ありがとう、リリアン。あなたがいてくれるだけで心強いわ。」


その言葉にリリアンは満面の笑みを浮かべ、レナの肩を軽く叩いた。


「兄もきっと、あなたを見直すはずです。」


その言葉に、レナの胸が少しだけ温かくなる。セリオが社交界に同席するかは分からないが、彼に恥をかかせるわけにはいかない。彼女は決意を新たにし、迎えの馬車に乗り込んだ。


夜会が開かれる会場は、国でも名高い豪奢な邸宅だった。輝くシャンデリアの下で貴族たちが華やかな衣装に身を包み、優雅に会話を楽しんでいる。その中に足を踏み入れると、すぐに多くの視線がレナに注がれた。



「噂の新しいクロフォード公爵夫人ね。」


「美しい方ね。けれど、彼女の家は没落寸前の侯爵家だと聞いたけど。」


「政略結婚だもの、夫婦仲は冷え切っているに違いないわ。」


ざわめきが耳に入るたびに、レナの胸が締め付けられるようだった。しかし、彼女は微笑みを崩さず、優雅に歩を進めた。


「レナ。」


突然の声に振り向くと、そこには夫のセリオが立っていた。黒いタキシードに身を包んだ彼は、冷たい表情ながらもその佇まいは完璧だった。


「セリオ様……。」


「遅れるかと思ったが、ちょうどいいタイミングだ。」


彼は淡々とした声でそう言いながら、彼女の手を取った。その瞬間、周囲のざわめきが一層大きくなる。


「夫婦で出席するなんて珍しいわ。」


「クロフォード公爵が自ら夫人をエスコートするなんて……。」


セリオは周囲の反応に一切構わず、レナを舞踏会の中心へと導いた。そして冷静な声で囁いた。


「この夜会では、クロフォード家の名に傷をつけるな。それさえ守ればいい。」


その言葉に、レナの胸にわずかな苛立ちが芽生えた。彼の言葉はまるで、彼女が失態を犯すことを前提としているかのようだった。


「心得ています、セリオ様。」


冷静な声で応えながらも、レナの瞳には決意が宿っていた。この場で自分の存在を証明し、彼を見返してみせる。


レナは会場内で次々と貴族たちと挨拶を交わし、巧みな会話で場を盛り上げた。彼女の美しさと知性、そして堂々とした態度に、多くの者が感銘を受けた。


「クロフォード公爵夫人、初めてお会いしますが、とても素晴らしいお方ですね。」


「公爵様もこんな美しい方をお迎えになったのなら、さぞご満足でしょう。」


周囲の評価が少しずつ好転していく中、レナの胸には確かな手応えがあった。しかし、その時だった。


「公爵夫人、私の話をお聞きいただけますか?」


そう言って近づいてきたのは、レナの元婚約者であるマリオン・アーデル伯爵だった。彼の出現に、レナは内心驚きを隠せなかった。


「マリオン様……。」


「驚かせてしまいましたか?あなたがクロフォード公爵夫人になられたと聞き、どうしてもお祝いを申し上げたくて。」


その言葉には皮肉が込められているのが明らかだった。周囲の視線が集まる中、レナは冷静さを保ちながら返した。


「お心遣い、ありがとうございます。」


「ですが、私としては……あなたが公爵夫人になるのは意外でしたよ。以前は私との婚約を破棄されることを、どれほど悲しんでいたことか。」


その挑発的な言葉に、レナの胸が熱くなった。しかし、ここで感情を露わにするわけにはいかない。


「私が今日ここにいるのは、クロフォード家の一員としての責務を果たすためです。それがすべてです。」


毅然とした態度でそう告げると、マリオンは一瞬だけ言葉を失った。しかし、すぐに不敵な笑みを浮かべて去っていった。


その様子を遠くから見ていたセリオが、静かにレナに近づいた。


「よく耐えたな。」


「当然のことです、セリオ様。クロフォード家に恥をかかせるわけにはいきません。」


レナの言葉に、セリオはわずかに表情を緩めたように見えたが、すぐにその感情を押し隠した。そして静かに告げた。


「お前の行動は立派だった。だが、この場では油断するな。」


その一言に、レナは複雑な感情を抱いた。認められたようでありながら、完全に信頼されているわけではない――その曖昧さが、彼女の心を掻き乱す。


夜会が終わり、馬車に乗り込んだ二人の間には、またしても重い沈黙が流れた。しかし、レナは今日の自分に少しだけ誇りを感じていた。夫の信頼を得るにはまだ遠い道のりだが、一歩ずつ進んでいるのだと信じたかった。


「お疲れ様でした、セリオ様。」


「……ああ。お前もよくやった。」


短いながらもその言葉に、初めてセリオのわずかな優しさを感じた気がした。


夜空の星が輝く中、レナはそっと目を閉じ、この日のことを心に刻んだ。そして、いつか本当の夫婦として認められる日を夢見ながら――。




「レナ様、今日はお庭でお茶をしませんか?」


その朝、リリアンが明るい声で誘ってきた。彼女の笑顔にはどこか安心感があり、レナも自然と頷いた。


「ええ、ぜひお願いします。」


リリアンは嬉しそうにレナの手を取り、庭園へと向かった。屋敷の裏庭は、まるで絵画のような美しさだった。色とりどりの花が咲き乱れ、小鳥のさえずりが聞こえる中、用意されたティーテーブルが静かに佇んでいる。


「ここは私のお気に入りの場所なんです。」リリアンが誇らしげに言った。「兄がこの庭園の設計に関わったって知ってましたか?」


レナは驚いてリリアンを見つめた。


「セリオ様が……?」


「ええ。兄は不器用な人だけど、本当はこういうことにも興味があるんです。昔、家の庭師たちと一緒に図面を描いていたのを覚えています。」


リリアンの話を聞きながら、レナはセリオの新たな一面を知った気がした。冷徹で感情を表に出さない夫だと思っていたが、その内側には意外な一面が隠れているのかもしれない。


「意外ですね……セリオ様がそんなことをされるなんて。」


「そうでしょう?でも、兄は人前では絶対にそういうことを話さないんです。だから、きっとレナ様も驚いたと思います。」


リリアンはそう言って微笑みながら紅茶を注いだ。その仕草は自然で、彼女が本当に兄のことを愛しているのだと感じさせた。



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二人はしばらく、庭園で他愛もない話を続けた。リリアンは幼少期の思い出や、屋敷での出来事を楽しそうに話し、レナも次第に笑顔を見せるようになった。


「レナ様、もう少し砕けた話し方でもいいんですよ。私はお堅いのが苦手で……それに、あなたとはもっと仲良くなりたいんです!」


その言葉に、レナは少し戸惑いながらも頷いた。


「では……リリアン、と呼ばせていただいても?」


「もちろん!嬉しいです!」


リリアンの目が輝き、レナは少しだけ胸が温かくなるのを感じた。自分の居場所がないと思っていたこの屋敷で、初めて心を許せる相手が見つかった気がしたのだ。



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お茶の時間が終わり、リリアンが立ち上がって庭園の奥を指差した。


「あちらにある温室も、とても素敵なんです。ちょっとだけ見に行きませんか?」


「温室ですか?」


「はい。兄が昔、特注で作らせたものです。珍しい植物がたくさんあるんですよ!」


リリアンに手を引かれるまま、レナは温室へと足を踏み入れた。そこには、色とりどりの花々や観葉植物が整然と並べられており、まるで異国の世界に迷い込んだような美しさだった。


「ここ、本当に素晴らしいですね……。」


レナが感嘆の声を上げると、リリアンは嬉しそうに頷いた。


「兄も、ここには時々足を運ぶんですよ。忙しい人ですけど、ここに来ると少しだけ柔らかい表情をするんです。」


その言葉に、レナの胸がざわめいた。セリオの冷たい態度の裏に隠された人間らしさ――それを知るたびに、彼のことをもっと理解したいという思いが強くなる。



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温室から戻る途中、リリアンがふと真剣な表情になり、立ち止まった。


「レナ様……いえ、レナ。」


「何でしょう?」


「兄は不器用で冷たく見えるけれど、本当は優しい人です。ただ、それを伝えるのが苦手なだけなんです。」


リリアンの言葉には、兄への深い愛情が込められていた。レナは少し考え込んでから、静かに頷いた。


「私も、少しずつそれに気づいてきた気がします。」


「本当ですか?」


「ええ。でも、まだ彼のことをよく分かっているわけではありません。だから、もっと知りたいんです。」


その言葉に、リリアンは満足そうに微笑んだ。


「なら、きっと大丈夫です。レナなら兄の心に触れることができると思います。」


その言葉が妙に心強く感じられ、レナは小さく微笑み返した。



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その日の夜、レナは自室で一人静かに考えていた。


「セリオ様の本心……それを知ることで、私たちの関係は変わるのだろうか。」


彼との距離はまだ遠い。しかし、その距離を少しでも縮めたいと思う自分がいることに気づき、彼女は小さな希望を抱いた。


リリアンとの出会いは、レナにとってこの屋敷での最初の一歩だった。彼女の明るさと優しさが、冷たい日常に小さな光を灯してくれたのだ。そしてその光は、レナを前に進ませる原動力となりつつあった。


これから先、セリオとの間にどんな困難が待ち受けているのか分からない。それでも彼女は、諦めることなく自分の未来を切り開こうと決意していた。


静かな夜空の下、庭園の花々が月明かりに照らされ、ひっそりと輝いていた。その光景は、レナの心の中で希望の象徴のように映っていた。


2-3: 元婚約者との再会


 社交界での夜会から数日が過ぎたある日、レナは公爵家の邸宅内の書庫で静かに本を読んでいた。書庫の大きな窓から差し込む陽光が、彼女の淡い金髪を美しく照らしていた。セリオが執務で忙しい間、彼女は日々の業務をこなした後、この書庫で過ごすことが多くなっていた。


「少しだけ、心が安らぐわ……。」


レナは静かに息をつき、本を閉じると窓の外を眺めた。この屋敷の中で唯一、彼女が心穏やかに過ごせる場所だった。だが、その静寂は突然の来訪者によって破られた。


「公爵夫人、ここにいらしたのですね。」


柔らかい声とともに現れたのは、義妹リリアンだった。彼女は明るい笑顔を浮かべ、レナの隣に腰を下ろすと、親しげに話しかけてきた。


「今日、庭園でお茶会が開かれるんです。レナも一緒にどうですか?」


「お茶会?」


「ええ、貴族の方々が集まる小規模なものです。兄も顔を出す予定ですから、レナもいらっしゃるべきですよ。」


リリアンの誘いに、レナは一瞬迷ったが、断る理由もなかったため、静かに頷いた。


「分かったわ。少し準備をしてから向かうわね。」



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庭園で開かれたお茶会は、豪華なテーブルセッティングと咲き誇る花々が彩りを添えていた。集まった貴族たちは笑顔を浮かべて談笑しながら、優雅な時間を楽しんでいる。レナもリリアンに連れられて席に着き、軽い挨拶を交わした。


「クロフォード公爵夫人、お噂はかねがね伺っております。」


「先日の夜会でのご活躍、感動いたしましたわ。」


貴族たちの言葉に、レナは微笑みを浮かべて応じた。彼女の礼儀正しい態度は周囲から好意的に受け止められているようだった。


だが、そんな穏やかな空気を壊す人物が現れた。


「これはこれは、公爵夫人。再びお目にかかれるとは。」


低く落ち着いた声に振り向くと、そこにはマリオン・アーデル伯爵が立っていた。


「……マリオン様。」


彼の突然の登場に、レナの心がざわついた。社交界の夜会で彼と再会した際の不快感が、再び胸に蘇る。


「今日はお茶会に招待されたのですよ。こうして再会できるのも何かの縁です。」


マリオンは不敵な笑みを浮かべながら、レナの隣の席に腰を下ろした。その行動に、周囲の貴族たちも興味深そうな視線を向けている。


「公爵夫人、先日の夜会では素晴らしい振る舞いを見せていただきました。さすがはクロフォード家の夫人ですね。」


その言葉には明らかに皮肉が込められていたが、レナは冷静な態度を崩さなかった。


「ありがとうございます。私はただ、夫の期待に応えるべく努めただけです。」


「なるほど。それにしても、あなたがここまで立派になるとは驚きです。以前のあなたを知っている者としては、信じられない変化ですね。」


マリオンの言葉に、レナの胸に怒りが込み上げた。だが、ここで感情を露わにするわけにはいかない。彼女は微笑みを浮かべたまま、毅然と答えた。


「人は環境によって変わるものです。私も今、クロフォード家の一員として新たな責務を背負っています。それに応えるために努力しているだけのことです。」


その言葉に、マリオンは一瞬言葉を失った。しかし、すぐに表情を取り繕い、立ち上がった。


「おっしゃる通りです。それでは、またお話しできることを楽しみにしております。」


そう言い残し、彼は去っていった。だが、彼の視線には明らかな執着が込められていた。



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お茶会が終わり、レナは屋敷に戻ると、自室で静かにため息をついた。


「彼は何を考えているの……。」


マリオンとの再会は、彼女に不安と疑念を抱かせた。彼の言葉や態度には何かしらの意図が感じられる。かつて婚約者だった彼が、なぜ今になって彼女に接触を図るのか――その理由が分からない。


そんな考えにふけっていると、突然ノックの音が響いた。


「レナ。」


扉の向こうから聞こえたのは、セリオの声だった。彼が自室を訪れることなど滅多にないため、レナは驚きつつも扉を開けた。


「セリオ様……どうなさいましたか?」


「今日のお茶会の話を聞いた。アーデル伯爵がいたそうだな。」


冷静な声だったが、その言葉の奥には鋭い問いが込められていた。


「はい。偶然の再会でしたが、特に問題はありませんでした。」


「そうか。だが、あの男には注意しろ。」


セリオの声には珍しく強い感情がこもっていた。その態度に、レナは驚きを隠せなかった。


「……分かりました。気をつけます。」


彼女がそう答えると、セリオは短く頷き、再び冷たい表情に戻った。そして、一言だけ告げて部屋を去っていった。


「もし何かあれば、私に報告しろ。」


その背中を見送りながら、レナは胸に複雑な思いを抱いた。セリオの態度には、わずかだが彼女を気遣うような気配が感じられた。それが彼なりの優しさなのか、それとも単なる義務感からなのか――その答えはまだ分からない。


ただ、マリオンとの再会がこれからの生活に何か波乱を呼び起こす予感だけは確かだった。レナは静かに目を閉じ、これからの展開に備える決意を固めた。


2-4: セリオの嫉妬


 マリオンとの再会があったお茶会から数日が経った。表面上は何事もなかったかのように平穏な日々が続いていたが、レナの心にはどこか落ち着かない気持ちが残っていた。彼の挑発的な言葉や視線、その裏に隠された意図を考えるたびに、胸がざわめいた。


しかし、屋敷での生活に戻ると、それ以上にレナを困惑させるのは、セリオの態度だった。お茶会以降、彼は以前よりもさらに無愛想で冷淡になったように感じられる。


ある日の午後、庭園で読書をしていたレナのもとに、義妹のリリアンが駆け寄ってきた。


「レナ、少しお話してもいいですか?」


リリアンの表情はどこか心配そうで、レナは本を閉じて彼女に向き合った。


「もちろん。どうしたの?」


「兄が……なんだか最近機嫌が悪いんです。執務室で書類を投げたり、使用人にも厳しく当たったりしていて。」


その言葉に、レナは目を見開いた。セリオが感情を表に出すことはほとんどない。彼がそんな態度を見せるというのは、何か特別な理由があるはずだ。


「それは……初めて聞いたわ。」


「お茶会のあとからなんです。レナ、何か心当たりはありますか?」


リリアンの問いに、レナは一瞬考えた。思い浮かぶのは、マリオンとの再会だ。だが、それがセリオの機嫌に関係しているとは思えなかった。


「正直、分からないわ。でも、何か原因があるなら、私も知りたい。」



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その夜、レナは意を決してセリオの執務室を訪れることにした。ノックをすると、冷たい声が返ってきた。


「入れ。」


扉を開けると、セリオが書類に目を通している姿が目に入った。その顔は険しく、明らかに疲れているようだった。


「セリオ様、少しお時間をいただけますか?」


彼は視線をレナに向け、しばらく無言で見つめた後、手元の書類を置いた。


「何の用だ?」


「リリアンが心配していました。最近、セリオ様が少しご機嫌斜めだと。」


その言葉に、彼の眉がわずかに動いたが、すぐに冷静な表情に戻った。


「そう見えるなら、それはお前たちの勘違いだ。」


「そうですか?でも、何か気になることがあるのなら、お話しいただければと思います。」


レナの静かな問いかけに、セリオはしばらく沈黙していた。彼の目は鋭く、何かを探るように彼女を見つめている。


「お前は……あの男と再び会うつもりか?」


その一言に、レナは驚きで息を呑んだ。


「あの男……マリオン様のことですか?」


「他に誰がいる?」


彼の声は低く、冷静さを保とうとしているようだったが、その中には明らかな苛立ちが込められていた。


「いいえ。そのようなつもりはありません。」


レナの言葉に、セリオはわずかに肩の力を抜いた。しかし、その目はまだ警戒を解いていないようだった。


「ならいい。だが、あの男には注意しろ。奴はお前を利用しようとしている。」


「利用……?」


「私の妻という立場を使って、クロフォード家に干渉しようとしている。奴のやり口は分かりきっている。」


その言葉に、レナはセリオがただの嫉妬ではなく、実際にマリオンの意図を見抜いていることに気づいた。


「それでも……私にはセリオ様がいらっしゃいます。マリオン様が何を企んでいようと、私はクロフォード家の一員として、それを阻止するつもりです。」


その言葉に、セリオの表情がわずかに変わった。いつもの冷たさの中に、ほんの少しだけ柔らかさが混じっているように見えた。


「お前がそう言うなら、それを信じよう。」


それだけを言い残し、彼は再び書類に目を落とした。しかし、レナは彼の言葉の中に隠れた感情を感じ取っていた。それは、彼が彼女を信じたいという思い、そして自分の立場を守るために彼女に頼らざるを得ないという複雑な感情だった。



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その夜、レナは自室で一人考え込んでいた。セリオが見せた感情――それは明らかに彼女に対する何か特別な思いが隠れているように感じられた。


「セリオ様も、ただ冷たいだけの人ではないのね……。」


マリオンとの再会が彼を動揺させた理由は嫉妬だけではないのだろう。だが、その中に確かに存在するわずかな嫉妬心を知ったことで、彼女は彼の人間らしさに触れた気がした。


「これから、少しずつでもいい。彼の心に近づいていけたら……。」


外では静かに夜が更けていく。セリオの心を理解しようとする決意を胸に、レナはそっと目を閉じた。









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