母親からの励ましと支えを受け、ヴェルナは冷静さを取り戻していた。しかし、父アルヴィス侯爵の冷淡な態度は、彼女に深い孤独感をもたらしていた。屋敷に戻って自室の扉を閉めた瞬間、その孤独が胸の奥で強く疼いた。
「父様は私を信じているなんて……本当にそうなのかしら?」
母親の言葉を思い出してみても、侯爵の態度が愛情の裏返しだと信じるのは難しかった。それでも、立ち止まっているわけにはいかない。ヴェルナは自分自身を奮い立たせ、机に向かって座った。
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机の上には昨夜から書き留めていたメモが散らばっている。リリアン・ハーヴィー家の財政状況、セザール家とのつながり、そして舞踏会での二人の態度。ヴェルナはそれらを順に読み返し、冷静に分析を始めた。
「リリアン家の借金は公然の秘密。セザール家がそれを知らないはずはない……。」
彼女はペンを取り、紙に書き込む。リリアン家の借金の背景、そしてセザールが彼女を選んだ理由。それを突き止めることが、全ての鍵になると確信していた。
「まずは情報収集が必要ね。」
ヴェルナは紙に大きくそう書き込んだ。今のところ、確実な証拠や確信を得るには、さらに多くの情報が必要だった。
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「誰に頼ればいいのかしら……。」
ヴェルナは眉をひそめた。父の協力は得られない。母親の人脈に頼るのも一つの方法だが、それだけでは限界がある。彼女がこれまで築いてきた自分自身の人脈や影響力を活用する必要があった。
その時、彼女の頭にある人物が浮かんだ。屋敷で働く老執事のアンドレだ。彼は長年アルヴィス侯爵家に仕えてきた使用人で、屋敷内外の情報に精通している。彼ならば、きっと何か有益な情報を提供してくれるだろう。
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その日の午後、ヴェルナはアンドレを自室に呼び出した。銀髪の老執事が静かにドアをノックし、恭しく部屋に入ってくる。
「お呼びでしょうか、ヴェルナ様。」
「アンドレ、あなたに相談したいことがあります。」
ヴェルナはソファに座るよう促し、彼女自身も向かいに腰を下ろした。
「先日の舞踏会で、私の婚約が破棄されました。」
その一言に、アンドレは少し目を細めたが、驚きを表に出すことはなかった。彼はただ静かに頷いた。
「その件について、私は何か役に立てますでしょうか?」
「リリアン・ハーヴィー嬢について、何か知っていることはありませんか?」
アンドレは一瞬考え込むような仕草を見せた後、低い声で答えた。
「ハーヴィー家の財政状況については、以前から多くの噂がございます。借金を抱えているというのは事実です。しかし、その詳細については不明な点も多いですね。」
「具体的には?」
ヴェルナは身を乗り出した。
「リリアン嬢がその状況の中でどのように舞踏会の費用を賄ったのか、それについては非常に興味深い点があります。最近、大口の貸し手が現れたとの噂を耳にしました。」
「大口の貸し手……?」
ヴェルナの眉がさらに険しくなる。「それがセザール家と関係している可能性は?」
「十分に考えられる話です。しかし、それを確かめるには、もう少し調べる必要があるでしょう。」
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ヴェルナはアンドレの言葉を慎重に考えた。リリアン家の借金がセザール家の資金で補填されているとすれば、それは彼らの関係の裏にある取引を示唆しているかもしれない。
「アンドレ、引き続きこの件について調べてもらえますか?」
「もちろんでございます、ヴェルナ様。」
アンドレが退出すると、ヴェルナは深く息をついた。婚約破棄の裏にある真実を追求する決意が、さらに強まっていた。
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夜になると、ヴェルナは再び机に向かった。アンドレから聞いた情報を整理し、自分なりの仮説を立てた。
「リリアン家の借金を肩代わりすることで、セザール家が何らかの利益を得ている……それが真実だとしたら、どんな利益を狙っているの?」
彼女は紙に矢印を描きながら、それぞれの可能性を繋げていった。セザール家の地位をさらに高めるための計画か、それともリリアン家を利用した隠された策略か。
「どちらにしても、彼らの企みを暴かなければならないわ。」
ヴェルナの中で燃え上がる決意は、もう揺るがないものとなっていた。彼女はただ泣いて終わる令嬢ではない。自分の力で真実を掴み、再び立ち上がるつもりだった。