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翌朝、ヴェルナは早朝から屋敷の庭を歩いていた。昨夜はほとんど眠れず、老執事アンドレから得た情報を整理するのに時間を費やしていた。リリアン家の借金、セザール家との取引の可能性、そしてその裏に隠された思惑——全てが未解決のパズルのようだった。
庭園に咲く花々を見ながら、ヴェルナは深く息を吸い込んだ。朝の冷たい空気が頭を冷やし、彼女の思考を鮮明にする。
「私には時間がない。これ以上、セザールとリリアンに好き勝手させるわけにはいかない。」
彼女は静かに自分に言い聞かせた。
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ヴェルナは朝食を早々に済ませた後、母マティルダのもとを訪れた。マティルダはすでに応接室で待っており、温かい紅茶を用意していた。
「おはようございます、ヴェルナ。」
「おはようございます、母様。」
ヴェルナは椅子に腰を下ろし、母親に向き合った。
「昨日、アンドレに調査を頼みました。リリアン家の借金について、さらに詳しい情報が必要だと思ったのです。」
マティルダは娘の真剣な表情を見て、軽く頷いた。
「良い判断ね。アンドレなら信頼できるわ。それで、何か分かったことは?」
「まだ断片的な情報ですが、リリアン家には最近、大口の貸し手が現れたそうです。それがセザール家と繋がっている可能性があります。」
その言葉に、マティルダの表情が曇った。
「それが本当なら、彼らの婚約には単なる愛情以上の理由が隠されているわね。」
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「それだけではありません。」
ヴェルナはさらに声を落とした。「リリアン家は借金を抱えているだけでなく、社交界で何らかの不正な取引をしている可能性があります。舞踏会の費用をどのように賄ったのか、それを調べる必要があります。」
「なるほど……。」
マティルダはしばらく考え込み、やがて静かに言った。「ヴェルナ、あなたの考えは正しいと思うわ。でも、これを進めるには慎重さが必要ね。証拠がなければ、ただの憶測で終わってしまう。」
「分かっています。」
ヴェルナは頷いた。「だからこそ、母様のご友人たちの助けが必要なんです。彼らなら、社交界の裏事情に詳しいはずです。」
「分かったわ。すぐに何人かに連絡を取るわね。」
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その日の午後、マティルダは早速動き出した。彼女の友人の中でも特に信頼の厚い一人、バースリー侯爵夫人に手紙を送った。侯爵夫人は社交界の事情に詳しく、またリリアン家とも一定の交流がある人物だった。
「彼女なら何か情報を持っているかもしれないわ。」
マティルダはそう言って、手紙を封筒に入れて印を押した。
ヴェルナは母の素早い行動に感謝しつつ、自分もまた別の手段を講じることを決めた。セザール家やリリアン家の動きを監視するため、アンドレに引き続き調査を依頼すると同時に、自身も使用人たちのネットワークを活用して情報を集めるつもりだった。
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翌日、バースリー侯爵夫人からの返事が届いた。その手紙には、リリアン家の最近の動向についての興味深い情報が書かれていた。
「リリアン家の借金は以前よりも減少しているように見えるが、その原因は明らかではない。ただ、近頃、セザール家の執事と頻繁に接触しているとの噂がある。」
この情報を読んだヴェルナは、再び仮説を立てた。
「セザール家がリリアン家の借金を肩代わりし、その代わりにリリアンを利用しているのかもしれない……。」
彼女の推測が正しければ、これは単なる恋愛や婚約の問題ではなく、もっと大きな取引や陰謀が絡んでいる可能性が高い。
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「これで、彼らを追い詰める糸口が掴めるかもしれないわ。」
ヴェルナはそう呟き、手紙を慎重に保管した。
同時に、彼女の中で燃える決意がさらに強くなった。ただ泣き寝入りするのではなく、自分の誇りと立場を取り戻すために戦う覚悟が固まった。
「セザール、リリアン……あなたたちが私にしたこと、必ず後悔させてやる。」
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