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ヴェルナがリリアンのハーヴィー家の屋敷を訪れ、リリアン嬢と向かい合う時間は緊張感に包まれていた。舞踏会以来、顔を合わせるのは初めてだったが、リリアン嬢は表面上、明るい微笑みを浮かべていた。
「お話とは、どういった内容でしょうか?」
リリアン嬢は紅茶を口に運びながら、慎重に言葉を選ぶような口調で尋ねた。その仕草はどこか余裕があるように見えたが、ヴェルナにはその裏に隠された不安が感じ取れた。
「ええ、リリアン嬢。最近の状況についてお聞きしたいと思いまして。」
ヴェルナは柔らかい笑顔を保ちながらも、その瞳には鋭い光が宿っていた。「セザール様との婚約が正式に発表されたと聞きました。その後の進展について、ぜひお伺いしたくて。」
「まあ、それは……ありがとうございます。」
リリアン嬢は少し頬を赤らめながら微笑んだが、その笑顔にはどこかぎこちなさが残っていた。「セザール様との婚約は、私にとって大変名誉なことですわ。彼はとても素晴らしい方で、私を支えてくださいます。」
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「そうですか。それは何よりです。」
ヴェルナは紅茶に手を伸ばし、一口飲んだ。そして、ふと気づいたように問いを重ねた。「ところで、リリアン嬢。最近、ハーヴィー家がセザール家の商会と取引をしているという噂を耳にしました。それについてはご存知ですか?」
その質問に、リリアン嬢の表情が一瞬固まった。その変化を見逃さなかったヴェルナは、内心で確信を深めた。
「ええ……ええと、確かに少しだけ聞いたことはありますわ。」
リリアン嬢は視線を逸らしながら答えた。「でも、それは父が管理していることですので、詳しいことは分かりません。」
「そうなのですね。」
ヴェルナは穏やかに頷きながらも、さらに踏み込むことを決意した。「では、その取引がリリアン家の財政をどのように改善しているのかもご存じないのでしょうか?」
「その……はい。」
リリアン嬢は焦ったように紅茶を飲み干した。その仕草は、彼女がこの話題から逃げ出したいと感じていることを物語っていた。
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「リリアン嬢、正直にお話しいただけますか?」
ヴェルナは少しだけ声のトーンを変え、相手の心に訴えかけるように言った。「私は、あなたを非難するためにここに来たわけではありません。ただ、状況を理解したいだけなのです。」
その言葉に、リリアン嬢はしばらく沈黙した。彼女の顔には複雑な感情が浮かんでいたが、やがてため息をついて口を開いた。
「……正直に申し上げますと、私も全てを把握しているわけではありません。」
彼女は視線を床に落としながら言った。「父がセザール家と何かしらの取引をしていることは知っています。でも、それが何を意味しているのか、私には分からないのです。」
「そうですか。」
ヴェルナは静かに頷いた。「では、リリアン嬢自身はこの婚約にどのような気持ちを抱いているのですか?」
その問いに、リリアン嬢の目が驚きで大きく開いた。彼女はしばらく答えを探すように口を閉ざしていたが、やがてぽつりと呟いた。
「……私は、幸せになるべきだと言い聞かせています。」
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その言葉に、ヴェルナは内心で動揺を覚えた。リリアン嬢の言葉からは、彼女自身の本音が見え隠れしていた。
「それは、本当にあなたの望むことなのでしょうか?」
ヴェルナは慎重に問いかけた。「リリアン嬢がご自身の意思でこの婚約を望んでいるのであれば、それは素晴らしいことです。でも、もしそうでないのであれば……。」
「……分かりません。」
リリアン嬢は弱々しく答えた。「私の願いは、家を支えることです。それが私の役割だと、父にずっと言われてきました。」
その言葉を聞き、ヴェルナはリリアン嬢が置かれている状況を深く理解した。彼女もまた、家族の期待と圧力の中で苦しんでいるのだ。
「リリアン嬢、あなたがどのような決断を下すにせよ、私はあなたを非難しません。」
ヴェルナは優しく微笑んだ。「でも、もし助けが必要であれば、私はいつでも力になります。」
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リリアン嬢は驚いたようにヴェルナを見つめ、やがて涙を浮かべながら小さく頷いた。
「ありがとうございます、ヴェルナ様……。」
彼女の声は震えていたが、その瞳には少しだけ希望の光が宿っていた。
ヴェルナはリリアン嬢と握手を交わし、静かに屋敷を後にした。その胸には、新たな覚悟が芽生えていた。リリアン嬢を助けるためにも、そしてセザール家の陰謀を暴くためにも、彼女はさらに行動を加速させる必要があると感じていた。
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