エリオットから得た情報は、ヴェルナが求めていた鍵そのものだった。セザール家の物流網が地方貴族たちを巻き込み、政治的影響力を拡大していること、そしてその資金源がリリアン家を介して隠蔽されていること。全貌が明らかになるにつれ、ヴェルナの決意はますます固まった。
「これでようやく彼らの偽りの計画を暴く準備が整ったわ。」
ヴェルナは机に広げた資料を見つめながら呟いた。エリオットの協力で得た取引記録と証言は、セザール家の不正を裏付ける重要な証拠となるはずだった。
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翌日、ヴェルナは母マティルダに計画の全容を伝えた。彼女はこれからの行動に母親の協力が必要不可欠だと考えていた。
「母様、これが私たちの持っている全ての証拠です。」
ヴェルナは机に並べた書類を指差しながら説明を始めた。「リリアン家の借金がどのようにセザール家の政治的活動に利用されているのか、エリオットの証言と商会の取引記録がそれを明確に示しています。」
「これは……すごい情報ね。」
マティルダは書類に目を通しながら感心した。「これだけの証拠があれば、セザール家を追い詰めることができるわ。」
「でも、これをどうやって公表するかが問題です。」
ヴェルナは少し不安そうに言った。「下手に動けば、セザール家に先手を打たれる可能性があります。」
「それなら、まずは信頼できる人物に相談してみてはどうかしら?」
マティルダは提案した。「例えば、貴族議会の中でセザール家に批判的な立場を取っている人に、この情報を提供するのよ。」
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マティルダの助言を受け、ヴェルナはアンドレを通じて、信頼できる貴族と接触を試みた。その人物はルシャール侯爵。彼はかねてからセザール家の強引な政治手法に疑問を呈していることで知られていた。
ルシャール侯爵との面会は、ヴェルナにとって大きな賭けだった。もし彼がセザール家の側につくような人物であれば、情報が漏洩し、計画が崩れる可能性もあったからだ。しかし、今のヴェルナには他に選択肢はなかった。
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ルシャール侯爵の邸宅での面会は、緊張感に包まれていた。侯爵は堂々とした風貌を持つ中年の男性で、その眼差しには知性と鋭さが宿っていた。
「初めまして、ヴェルナ・アルヴィス様。」
侯爵は低い声で挨拶をしながら、ヴェルナに手を差し出した。
「お会いできて光栄です、侯爵様。」
ヴェルナは握手を交わし、落ち着いた口調で返した。
二人は応接室に通され、使用人が用意した紅茶を前にして対面した。侯爵が口を開くまでの数秒間、ヴェルナの心臓は緊張で高鳴っていた。
「さて、アルヴィス嬢。」
侯爵は落ち着いた声で言った。「今日はどのようなご用件で?」
「侯爵様、私はセザール家とリリアン家の間に隠された計画についてお伝えするために参りました。」
ヴェルナは覚悟を決めて話を始めた。
彼女はエリオットの証言や取引記録を基に、セザール家の不正な取引の実態を詳細に説明した。その語り口は落ち着いていたが、言葉には熱意が込められていた。
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侯爵はヴェルナの説明を聞き終えると、しばらく考え込むように沈黙した。そして、深い息をついて口を開いた。
「これは非常に重大な問題だ。」
彼は低い声で言った。「もしこれが公になれば、セザール家の地位は揺らぐだろう。しかし、それだけに彼らも簡単には手を引かないだろう。」
「分かっています。」
ヴェルナは力強く答えた。「でも、私はこのまま彼らの不正を見過ごすわけにはいきません。」
侯爵は少し微笑みながら頷いた。「あなたの勇気には感服するよ、アルヴィス嬢。この情報は確かに価値がある。私は貴族議会でこれを取り上げる準備をしよう。」
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ヴェルナはその言葉を聞き、安堵の息をついた。彼女の計画はようやく実を結び始めていた。侯爵の協力を得たことで、セザール家に対抗する足場が整ったのだ。
邸宅を後にする際、侯爵は最後にこう言葉を添えた。
「アルヴィス嬢、あなたの戦いを支持する。だが、敵は強大だ。決して油断せず、慎重に進めるのだ。」
「ありがとうございます、侯爵様。その言葉を胸に刻みます。」
ヴェルナは深く頭を下げ、邸宅を後にした。
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その夜、ヴェルナは自室で次の計画を練りながら静かに決意を新たにした。セザール家を追い詰める戦いは、まだ始まったばかりだ。しかし、彼女には今や確固たる目的と協力者がいる。
「これで終わらせるわけにはいかない。」
彼女はそう呟き、深い息をついた。「私は、自分の誇りを取り戻すために、この戦いを勝ち抜いてみせる。」
ヴェルナの瞳には、迷いのない強い光が宿っていた。