ヴェルナの計画が着々と進む中、彼女にとって最も重要な課題は、リリアン家の偽善的な慈善活動を公にするための確固たる証拠を集めることだった。既にエリオットの協力で資金流用の一端を掴んではいたが、それを社交界で認めさせるには、さらに詳細で説得力のある証拠が必要だった。
ある夜、ヴェルナはアンドレとエリオットを自室に呼び、証拠収集の次なる一手を相談していた。
「現状の資料だけではまだ不十分よ。」
ヴェルナは机の上に広げたリリアン家の財務記録を指差しながら言った。「これだけでは、彼らが資金をどのように流用しているのか、明確に示せないわ。」
「おっしゃる通りです。」
エリオットが頷く。「リリアン家の内部資料をもっと深く調べる必要があります。特に、商会との取引履歴や、孤児院に実際に送金された額とその使途を確認する必要があります。」
「問題は、どうやってそれを手に入れるかね。」
アンドレが静かに口を挟んだ。「リリアン家の使用人たちの協力が得られれば簡単だが、彼らもリリアン家への忠誠心があるだろう。」
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ヴェルナはしばらく考え込んだ後、意を決して口を開いた。
「一人、協力を仰げそうな人物がいるわ。」
彼女の目が鋭く光った。「リリアン家で働く使用人の中に、私が以前に助けたことのある娘がいるの。名前はクラリス。彼女なら、この状況を理解してくれるかもしれない。」
エリオットとアンドレは驚きの表情を浮かべた。ヴェルナがこうした繋がりを持っているとは思いも寄らなかったのだ。
「クラリスという娘がどのように協力できるのか、詳しく教えていただけますか?」
エリオットが尋ねた。
「彼女はリリアン家の執事補佐として働いているの。」
ヴェルナは答えた。「主に財務記録を整理する役割を担っていると聞いているわ。彼女が協力してくれれば、必要な資料を手に入れることができるはずよ。」
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翌日、ヴェルナはクラリスに接触するため、彼女の住む小さな宿舎を訪れた。クラリスは幼い頃に両親を亡くし、働きながら弟妹を養っている健気な娘だった。ヴェルナがかつて、彼女の家族を支援したことで、二人の間には信頼関係が築かれていた。
「クラリス、お願いがあるの。」
ヴェルナは彼女と向き合いながら静かに話し始めた。「リリアン家の資料を調べる手伝いをしてほしいの。」
「リリアン家の資料……?」
クラリスは驚いた表情を浮かべた。「それは一体、どういうことなのでしょうか?」
「リリアン家が行っているとされる慈善活動には、大きな疑問があるの。」
ヴェルナは真剣な目で語った。「彼らが孤児院に送るべき資金を私的に流用している証拠を掴みたいの。あなたの力が必要なの。」
クラリスはしばらく考え込んでいたが、やがて小さく頷いた。「ヴェルナ様がそこまでおっしゃるのであれば、お手伝いします。ただ、もしも私が見つかったら……。」
「その点は心配しないで。」
ヴェルナは優しく微笑みながら言った。「万が一の時は、私が全責任を負うわ。あなたに不利益が及ばないようにする。」
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クラリスの協力を得たヴェルナは、アンドレとエリオットとともに計画を練り直した。クラリスがリリアン家の財務記録を確認し、安全なタイミングでその内容をヴェルナたちに伝えるという慎重な手順が決まった。
数日後、クラリスは重要な情報を持ち帰ってきた。それは、リリアン家の寄付金の詳細な使途が記された帳簿だった。その帳簿には、孤児院に送られるはずだった資金が、リリアン家の高価な装飾品やパーティーの開催費用に使われている事実がはっきりと記されていた。
「これが……リリアン家のやり方なのですね……。」
クラリスは悲しそうな声で呟いた。
「ありがとう、クラリス。これで決定的な証拠が揃ったわ。」
ヴェルナは彼女の手を握りながら感謝の意を伝えた。「あなたの勇気が、この真実を明らかにする力になるわ。」
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その夜、ヴェルナは証拠を整理し、次の舞踏会でこれをどう公表するかを計画し始めた。証拠を提示するタイミング、そしてリリアンが自ら言い逃れできない状況を作るシナリオ――それらを入念に練り上げていった。
「リリアン嬢、この偽りの慈善活動はもう終わりよ。」
ヴェルナは独り言のように呟きながら、机上の帳簿に目を落とした。その表情には確固たる決意が宿っていた。
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