舞踏会の夜が更ける中、ヴェルナは広間の隅で静かに次の行動を見極めていた。リリアンがスピーチで語った内容は、その場では多くの拍手を浴びたものの、彼女が提示した曖昧な言葉には社交界の一部の貴族たちの間で疑念を呼び起こしていた。
「本当に孤児院のために活動しているのかしら?」
「具体的な話が一切出てこないのは不自然だわ。」
そんな小声の囁きがヴェルナの耳にも届いていた。これこそ、彼女が狙っていた効果だった。リリアン自身の言葉が、彼女の信頼を少しずつ崩し始めていた。
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ヴェルナはエリオットと視線を交わし、小さく頷いた。エリオットは懐から一冊の帳簿を取り出した。それはクラリスの協力で手に入れたリリアン家の財務記録――リリアンの慈善活動の実態を暴く決定的な証拠だった。
「タイミングは任せます。」
エリオットは低い声で言った。「私がすぐ近くでサポートします。」
「ありがとう。」
ヴェルナは彼に感謝の意を込めて微笑んだ。
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舞踏会も終盤に差し掛かった頃、ヴェルナはついに動き出した。広間中央で再び話し始めたリリアンの言葉を遮るように、優雅に立ち上がった。
「リリアン嬢、素晴らしいお話でした。」
彼女は穏やかな声で言った。「ただ、一つだけ確認したいことがありますわ。」
リリアンは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに微笑みを浮かべて応じた。「もちろんですわ、ヴェルナ様。どうぞご質問を。」
「先ほど、孤児院に多額の寄付を行っているとおっしゃいましたが、その詳細について教えていただけますか?」
ヴェルナの言葉は冷静そのものだったが、その中に鋭い意図が込められていた。
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広間の視線が一斉にリリアンに注がれた。彼女は少し戸惑ったような様子を見せたが、すぐに言葉を取り繕った。
「ええ、それはもちろん、子供たちの生活用品や教育費に充てていますの。」
「なるほど、それは素晴らしいですわ。」
ヴェルナは微笑みを浮かべながらさらに問いを重ねた。「では、具体的な数字やその使途についての記録を拝見することはできますか? 社交界の皆様にもその透明性を示すことで、より一層の支援を得られるのではないかと思いまして。」
その言葉に、リリアンの顔が引きつった。彼女は視線を泳がせながら、言葉を探しているようだった。
「そ、それは……孤児院の運営側が全て管理していますので、私自身が詳細を持ち合わせているわけではありませんの。」
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その瞬間、ヴェルナは機を逃さなかった。「それでは、皆様に一つお見せしたいものがございます。」
彼女はエリオットから受け取った帳簿を手に持ち、高らかに広間の中央で掲げた。
「これはリリアン嬢が支援しているとされる孤児院の財務記録です。しかし、この記録を詳しく調べてみたところ、寄付金の大半が実際にはリリアン家の私的な支出に使われていることが判明しました。」
その言葉に、広間がざわめき始めた。貴族たちは互いに顔を見合わせ、驚きと疑念の声が広がっていった。
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「そんな……嘘ですわ!」
リリアンが声を上げた。「その記録が本物だという証拠はあるのですか?」
「もちろんですわ。」
ヴェルナは落ち着いた声で答えた。「この記録は、あなたの家の使用人であるクラリス嬢の協力で得られたものです。そして、この場にはそれを裏付ける証言者もいます。」
その瞬間、クラリスが一歩前に進み出た。彼女は緊張した面持ちでリリアンを見つめながら静かに語った。
「リリアン様、私はあなたの家で働いてきた者として、この記録の正確さを証明します。孤児院に送られるはずの資金が、実際には別の用途に使われていることを、私は見てきました。」
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クラリスの証言が終わると、広間は静寂に包まれた。その沈黙は、まるで嵐の前のようだった。そして次の瞬間、貴族たちの非難の声が一斉に湧き上がった。
「なんということだ!」
「リリアン嬢がそんなことを……!」
「これは見過ごせない!」
リリアンは完全に追い詰められた表情で立ち尽くしていた。彼女の隣にいたセザールでさえ、彼女を庇おうとはせず、一歩後ずさりしていた。
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ヴェルナは冷静にその場を見渡しながら、最後の一言を投げかけた。
「リリアン嬢、この事実を前に、まだご自分の正当性を主張されますか?」
リリアンは言葉を失い、その場に崩れ落ちた。広間の人々はその姿を冷たく見つめ、誰一人として彼女を助けようとはしなかった。
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