アコード王子がセリカ・ディオールとの婚約について悩み続けた末に、ようやく決意を固めたのは、彼自身にとっても予想以上に苦しい決断だった。彼は彼女を心から大切に思っていたし、彼女の成長を見守ることに喜びを感じていた。しかし、それ以上に彼女の将来を制限することへの罪悪感が強くなっていた。
その日、アコードはディオール公爵家を訪れ、セリカと二人きりで話をする機会を設けた。彼はこの対話が決して簡単なものではないことを理解していたが、それでも自分の考えを正直に伝えたいという思いで一杯だった。セリカはまだ幼い4歳の少女の姿でありながら、その聡明さと落ち着いた態度にはいつも驚かされる。だが、今日の話が彼女にどのように響くのか、アコード自身も不安を感じていた。
セリカが優雅に現れると、アコードは彼女に対して微笑みながら、慎重に切り出した。
「セリカ、今日は少し君と大切な話をしたい。」
セリカはその言葉を聞くと、少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻し、アコードの方に向き直った。彼女は何かが起こるのを感じ取っている様子だった。
「もちろんです、アコード殿下。どうぞお話ください。」
アコードは一瞬躊躇したが、深呼吸をしてから言葉を続けた。「君との婚約について、私は長い間考えてきた。君はまだ若く、これから大きな未来が待っている。私との婚約は君の選択肢を狭めてしまうかもしれないと感じているんだ。」
セリカはその言葉にしばらく黙っていた。彼女の目には、確かに動揺が見えたが、それはすぐに知的な光へと変わり、彼女は静かに尋ねた。
「私が子供だから、ですか?」
アコードは彼女の率直な質問に驚きを隠せなかった。確かに彼女の見た目はまだ幼い子供そのものだが、彼女の心の中には、大人びた考えが宿っているかのようだった。
「そうだ…というより、君にはまだ多くの可能性があるんだ。君の未来を君自身の手で自由に選んでほしい。私との婚約ではなく、君が本当に望む道を歩むべきだと思う。」
セリカはしばらく考え込んだ後、少し首をかしげながら再び口を開いた。「では、すぐに結婚というわけではありませんし、とりあえずキープでもよろしかったのでは?大人になって、私が期待にそぐわない成長をしたときに捨てるという発想でもよかったのではないですか?」
アコードは彼女の言葉に思わず息を飲んだ。まさか4歳の子供が、こんな冷静かつ現実的な発想をするとは思わなかったからだ。彼女は、ただ単に結婚の話題を子供らしく拒絶するのではなく、将来に対する冷静な判断を持ち合わせている。彼は一瞬、彼女の言う通り「キープ」するという選択肢があるのではないかと頭をよぎったが、それはすぐに打ち消された。
「君は…本当に4歳なのか?」アコードは思わずそう呟いてしまった。彼女の視点や思考の深さは、ただの子供では到底理解できないものだ。まるで、彼女が既に大人のような視点を持っているかのようだった。これほどの知識と知恵を持つ彼女が、大人になったらどれほどの存在になるのだろうか。彼女の才能と潜在能力を考えると、婚約破棄などせず、彼女を手元に置いておきたいという思いが再び胸に浮かんだ。
だが、それでも彼は決意を固めた。「セリカ、確かに君の言う通り、キープという選択肢はあったかもしれない。しかし、それは君のためになるものではないと私は考えているんだ。君にはもっと自由で、より大きな可能性を追求してほしい。それを私が束縛してしまうのは、本意ではない。」
セリカはその言葉を聞いて、一瞬困惑した様子を見せたが、やがて微笑んだ。彼女はアコードの誠意と気持ちを理解し、彼の言葉を真摯に受け止めていたのだ。
「アコード殿下の思いやりに感謝いたします。確かに、私はまだ幼く、結婚について深く考えたことはありませんでした。ですが、殿下のような優しい方に支えられていることを、いつも誇りに思っています。」
アコードは彼女の言葉に少し驚いたが、同時に安心感を覚えた。セリカはまだ若いが、彼女の精神的な成熟度は驚くべきものだ。彼女が自分の道を進む覚悟を持っていることに、彼もまた誇りを感じた。
「君がそう言ってくれることに、私は感謝している。だが、この決断は君の将来のためだと信じている。君には君自身の力で、未来を切り開いてほしいんだ。」
セリカは静かに頷いた。「殿下のお心は十分に理解しました。私も、これから自分の力で未来を切り開いていきたいと思います。まだまだ未熟ではありますが、自分の成長を見守っていただけたら幸いです。」
彼女の言葉に、アコードは胸が熱くなった。彼女は4歳の少女としてだけでなく、一人の個人として自分の道を見つけ、進んでいく覚悟を持っている。それは彼が尊敬し、愛しているセリカそのものだった。
「もちろん、君の成長をこれからも見守っていくつもりだ。君がどんな未来を選んでも、私は君を応援するよ。」
セリカはその言葉に微笑み、礼儀正しく頭を下げた。「ありがとうございます、アコード殿下。私も殿下のご活躍をお祈り申し上げます。」
二人の間に生まれた静かな絆は、決して婚約という形に縛られるものではなくなった。セリカはこれから自分自身の道を歩んでいく。それがどのような道であっても、彼女は自らの力で未来を切り開き、アコードはその背中を押す存在であり続けるのだろう。
アコードはセリカの未来に希望を感じながら、彼女の手を取り、静かにその場を去った。