リュミエール王国のアコード王子との婚約破棄の後、セリカ・ディオールは落ち込むどころか、新たな決意を固めていた。彼女が目指すのは、自らの力でディオール領を繁栄させること。幼いながらも前世の記憶を持ち、豊富な知識を備えた彼女は、ただ公爵家の一員として過ごすだけでは満足できなかった。
ある日、セリカは父であるディオール公爵に領地経営の手伝いを申し出ることを決意した。彼女は執務室の前に立ち、心の中で深呼吸をしてから、ノックをした。
「お父様、少しお時間をいただけますか?」
父の声が部屋の中から響き、セリカは扉を開けて中に入った。公爵は執務机に座り、書類を整理していたが、幼い娘が何か大事な話を持ちかけてくる様子に少し驚いたようだった。
「何かあったのか、セリカ?」
セリカは軽く頭を下げてから、静かに話し始めた。
「お父様、私は領地の経営に参加したいと思っています。婚約破棄の件がありましたが、それを機に私はもっと自分の力を活かしたいと考えました。ディオール領を繁栄させるために、私にもできることがあるはずです」
公爵は一瞬、呆然とした表情を浮かべ、そして微笑みながら首を振った。
「セリカ、お前はまだ4歳だ。普通の子供なら、読み書きもまだ覚束ない年齢だぞ。領地の経営は難しいことだし、子供の手伝いには向いていない」
父親の言葉は当然の反応だった。どんなにセリカが頭の良い子供であっても、領地経営は複雑な大人の仕事だ。それに、彼女がまだ幼いという事実は変わらない。
しかし、セリカは動じなかった。彼女は前世で得た知識を頼りに、冷静に次の言葉を紡いだ。
「お父様、確かに私はまだ子供ですが、前世での知識があります。このディオール領の現在の状況を分析し、改善の提案を考えてきました。それをお聞きいただけませんか?」
そう言うと、セリカは父親に資料を手渡した。公爵は驚きながらも、それを手に取って目を通し始めた。そこには領地の財政状況、農業の生産性、そして商業の発展に関する詳細な分析が記されていた。
「これは……」
公爵は、娘の書いた報告書の内容に驚愕した。確かに、これは普通の4歳児が書くものではなかった。領地の現状を正確に捉え、今後の改善策まで提案されている。例えば、商業の活性化には道路整備が必要であることや、農業の生産性を向上させるために新しい農法を導入するべきだという意見が書かれていた。
「どうして、これほどのことが……」
公爵は半信半疑で資料を見つめ続けていたが、ついに娘の才能を認めざるを得ないと感じた。だが、実際に彼女が実務に参加できるかどうかは別の問題だ。理論は分かっても、現場での対応力はまた違うものである。
「分かった、セリカ。まずは試しに、簡単な手伝いを任せてみる。それで結果が出たら、もう少し考えよう」
セリカは静かに頷き、父の言葉を受け入れた。彼女はこれが単なる第一歩に過ぎないことを理解していた。
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第三章: 試験的な手伝いと才能の開花
公爵は、セリカの知識がどこまで通用するかを確かめるため、試しに小さな領地の業務を任せることにした。まず最初に彼女に与えた仕事は、農地の一部で発生していた収穫量減少の問題だった。小さな規模の問題であり、失敗しても大きな影響は出ないと考えたため、試験的に任せるのには丁度良かったのだ。
「セリカ、この村の農地で作物の収穫が減少しているようだ。原因を調べ、報告してくれないか」
セリカはすぐにその仕事を引き受け、書類や現地からの報告を丹念に調べ始めた。彼女は前世の知識を活かし、農業に関する基本的な理論や栽培技術についても熟知していた。さらに、現地に赴き、実際の状況を確認するという積極的な姿勢を見せた。
数日後、セリカは父親の執務室を再び訪れ、収穫減少の原因を報告する。
「お父様、この問題の原因は、土壌の栄養不足と古い灌漑システムにあると考えます。肥料の成分を改善し、新しい灌漑システムを導入することで、収穫量の回復が見込めるでしょう」
セリカは問題の分析だけでなく、解決策まで提案してきた。公爵は驚きを隠せなかった。彼女の指摘は的確であり、さらに現実的な対策まで考えられている。
「……そうか。よし、試しにお前の言う通りにやってみよう」
公爵は彼女の提案を採用し、領内の役人たちに指示を出した。そして、数週間が経過し、セリカの提案が実行に移されると、農地の収穫量は驚くほど改善され、村の住民たちからも感謝の声が上がった。
「お嬢様のおかげで、収穫量が元通りどころか、それ以上になりました!」
役人たちは口々にそう報告し、公爵もまた、娘の才能を目の当たりにすることとなった。
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セリカは次々と与えられる小さな仕事で、的確な指摘と提案を行い、実際に結果を出していった。彼女に任される業務は徐々に増え、ついには父親である公爵も彼女の能力を完全に信頼するようになった。
「最初は子供の手伝いだと思っていたが……今やセリカ、お前は私の右腕だな」
公爵は感慨深げにそう言った。セリカは微笑んで頭を下げる。
「ありがとうございます、お父様。まだまだ学ぶべきことは多いですが、これからも力を尽くします」
こうして、幼きセリカは父の右腕として領地の経営に深く関わり、その才能をいかんなく発揮していくこととなった。彼女の提案が次々と実行に移され、ディオール領は着実に発展し始めた。