セリカの招待を受け、エル・ドライドがディオール領の城に姿を現したのは、初夏のある日の午後だった。彼は控えめな衣装に身を包んでいたが、その立ち居振る舞いは品格に満ちており、平凡な平民とは一線を画す雰囲気を持っていた。彼が城に足を踏み入れた瞬間、周囲の空気が一変したかのようだった。控えめながらも鋭い目つきと冷静な表情は、彼がただの追放者ではないことを明確に物語っていた。
「エル・ドライドです。お招きいただき、感謝いたします、公爵令嬢殿。」
彼は礼儀正しく頭を下げた。声は低く、落ち着いていて、どこか冷たい響きを持っていた。セリカはその姿に一瞬驚いたが、すぐに笑顔で応じた。
「お越しいただき、ありがとうございます。どうぞお座りください。」
彼女は対面に座るよう促し、対話の場が整った。エル・ドライドは冷静な態度を崩さず、軽く会釈して席についた。セリカは彼の動作一つ一つに注目しながら、内心で彼の冷徹さを感じ取っていた。
「あなたの噂は以前から耳にしています。今日は、あなたと領地運営について意見交換をさせていただきたいと思っています。」
セリカは直球で切り出した。彼女の目には、改革を進めるために必要な知恵と力を持つ男を前にしているという確信があった。エル・ドライドの冷静な瞳は、彼女の言葉にわずかに反応したようだったが、すぐに無表情に戻った。
「それは光栄です。どのようなお話を伺いたいのか、率直にお聞かせいただけますか?」
彼の言葉は丁寧だったが、どこか冷ややかなものを感じさせた。セリカは一瞬、その冷たさに戸惑いを覚えたが、すぐに自分を奮い立たせた。彼の冷静さに飲み込まれるわけにはいかない。セリカは自分の思考を整理し、改めて話を進めた。
「このディオール領は、あなたもご存知の通り、まだ発展の余地が多くあります。私は、平民をも巻き込んで領地改革を進めることで、さらなる繁栄を目指しています。そこで、あなたの知識と経験を活かし、私たちに協力していただけないかと考えているのです。」
セリカの言葉は自信に満ちていた。彼女はエル・ドライドの反応を注意深く見守りながら、自分の考えを丁寧に説明した。領地改革の目標や具体的な計画、そしてこれまでの成果について話す中で、彼女の瞳は輝きを帯びていた。だが、エル・ドライドの冷静な表情は変わらなかった。
しばらくの沈黙の後、エル・ドライドはゆっくりと口を開いた。
「お誘いは光栄です。しかし、正直に申し上げますと、私はままごとに付き合う趣味はございません。」
その言葉は静かに、しかし冷酷に響いた。セリカは思わず目を見開いた。「ままごと」—彼は彼女の提案を一蹴したのだ。セリカがまだ幼いという事実を直接指摘することなく、彼女の領地改革をまるで遊びのように扱ったのだ。
「ままごと…ですって?」
セリカはその言葉が胸に刺さるのを感じた。だが、彼女はすぐに冷静さを取り戻し、落ち着いた声で問い返した。
「それはどういう意味ですか、エル・ドライド?」
エル・ドライドは少しの間、彼女をじっと見つめた。そして、淡々とした口調で続けた。
「公爵令嬢殿、あなたのお考えは確かに興味深いものです。しかし、私はこれまで多くの領主の下で働いてきました。そして、その経験から申し上げると、改革というのは簡単なものではありません。特に、未成熟な体制や指導者の下では。」
セリカはその言葉に反論しようとしたが、彼の冷徹な瞳がそれを制した。エル・ドライドの冷たい言葉は、彼女がまだ完全に信頼されていないことを示していた。
「改革とは、ただ理想を語るだけでは成り立ちません。具体的な行動と結果が伴わなければ、ただの夢想に終わるのです。そして、私はその夢想に付き合うつもりはありません。」
彼の声には、厳しい現実の重みがあった。セリカはその言葉に一瞬、返す言葉を失ったが、すぐに内なる決意を燃え上がらせた。彼が言う「ままごと」に終わらせないために、彼女はその場で新たな決意を固めたのだ。
「わかりました」
セリカは静かに答えた。彼の言葉に動揺することなく、真っ直ぐに彼を見つめた。
「ならば、私はあなたに実績を示してみせます。そして、あなたが自らこの領地に仕えたいと思うようにさせてみせるわ」
エル・ドライドは少し驚いた表情を見せたが、すぐに冷静な態度を取り戻した。
「それができるのであれば、話は別ですが…現時点では、私はあなたのお誘いをお断りします」
彼はそう言うと、静かに立ち上がり、軽く頭を下げて退出した。冷徹なまでに礼儀正しい態度で、その背中はすぐに部屋の外へと消えていった。
部屋に残されたセリカは、深く息を吐き出した。エル・ドライドとの初対面は、彼女が思い描いていたものとは全く異なる結果に終わった。だが、彼女の心には新たな火が灯った。彼の言葉が彼女を奮い立たせ、さらに強い決意を持たせたのだ。
「ままごとだと言われたけど…それなら、その言葉を覆してみせるわ」
セリカは静かに呟いた。彼女は今、自分の能力と改革の力を証明するために、全力を尽くす覚悟を決めていた。エル・ドライドの冷たさが、彼女にとって新たな挑戦の幕開けとなった。
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次のステップとして、セリカはすぐに具体的な行動を起こす決意を固めた。