―森の邂逅、そして忠告―
エル・ドライドはこの日、ディオール領の現状をより深く知ろうと、城下から離れた公有林をひとり歩いていた。
「いずれ何か尋ねられた時、曖昧な返答をするわけにはいかないからな……」
そう自分に言い訳しつつ、まだ“側近”という立場に決意がつかないまま、しかし相談役くらいなら悪くないかもしれない、と心のどこかで思い始めていた。
「この森林資源……活用次第で領の財源も潤うはずだ」
立ち止まり、木々の状態や林の管理に目を光らせていた、その時だった。
――カーン!カン!
遠くから金属同士がぶつかる鋭い音が、森の静寂を切り裂いた。
ドライドの表情がすっと険しくなる。「まさか、こんな場所で……?」
彼は素早く音のする方へ身を潜めつつ進んだ。やがて視界の先に、小さな騎士姿の少女と――さらに年端もいかない幼い少女が、馬車のそばで何人もの粗野な男たちに囲まれているのが見えた。
馬車にはディオール家のエンブレム。
「……嘘だろ。あれは……」
セリカ・ディオール。その名が脳裏をよぎった瞬間、ドライドは一切の迷いを捨て、疾風のごとく駆け出していた。
腰に帯びた剣を抜き放ち、男たちの背後から一気に斬り込む。
「な、なんだお前は――ぐあっ!」
「ぐっ……!」
あっという間だった。二人を斬り伏せ、残る三人もパニックに陥った隙を逃さず、次々と片付けていく。森の空気が一変し、静寂が戻る。
「エル……ドライド……?」
呆然と声を漏らすセリカ。その隣で、少女騎士――ジーンが剣を持ったまま息を整えている。
「怪我はありませんかな?」ドライドは息も乱さず、二人に目を向ける。
「は、はい。……ありがとうございます。でも、なぜこんな所に?」
セリカはまだ信じられないという顔だ。
「ただの散歩です。あなたこそ、なぜ森に?」
「領内の視察で馬車に乗ってたんだけど、突然道が塞がれて……」
ドライドはちらりとジーンに視線をやる。「あなたは?怪我は?」
「……かすり傷です」とジーンが小さく答える。
セリカは目を丸くしながら、「ドライド、お強いのですね」と言った。
ドライドはあくまで冷静な顔で、「まさか。私は文官です。剣の腕など大したことはありません」と首を振る。
「でも、五人も相手に……」
「文官とはいえ、護身術として剣の訓練は受けてます。訓練も受けていないチンピラ程度には負けませんよ」
セリカはほっとしたように笑うが、ドライドの表情はどこか厳しい。
「一つ忠告しておきます。もっとまともな護衛をつけるべきです」
「え?ジーンは立派な騎士ですわ!」セリカは慌ててジーンをかばう。
ドライドは静かに首を振る。「戦いぶりは見ていました。確かに忠誠心は立派ですが、あの剣の腕前では護衛としては失格です。訓練されていない相手に手こずるようでは……」
ジーンは悔しそうにうつむく。
空気が重くなりかけ、セリカは必死に話題を変える。
「……それでも、私を助けてくださったこと、感謝しています。もしかして、私の味方をしてくれるって期待してもいいのかしら?」
ドライドは微笑を浮かべることなく、淡々と告げた。
「助けたのは、4歳の子供を見捨てて寝覚めが悪くなるのが嫌だっただけです。側近として仕える気はありません。……まあ、相談役くらいなら付き合いますが」
セリカは安堵と少しの寂しさが混じった微笑みを浮かべる。
「それでも十分ですわ。相談にはのってもらうことがあるかもしれません。これからも、よろしくね」
ドライドは短く「ええ」とだけ返し、また森の静けさが二人を包んだ。
こうして、セリカとドライドの距離はほんの少し――だが確実に、近づいていったのだった。
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