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第16話 エル・ドライドのモノローグ



「4歳だと?嘘だろう…」


エル・ドライドは目を細め、遠くからディオール城の外壁を見上げた。彼が耳にした情報が本当ならば、あの幼い公爵令嬢が今、ディオール領で進めている改革の内容は、彼がかつて提案したものと驚くほど似ていた。改革の骨子、農業の改善、商業の活性化、そして平民の能力を引き出すことによる領地の発展。まさに、エル・ドライドがかつて仕えていた前の領主に提案し、無下にされた計画そのものだった。


「臣下の身では、提案することしかできない。それが私の限界だった…」


前領主はまるで石のように頑固で、エル・ドライドの意見を一切聞き入れようとはしなかった。貴族という立場に溺れ、改革や革新を恐れる者たちが多いのは事実だ。特に、下からの提案や意見には、耳を貸そうともしない者がほとんどだった。エル・ドライドは何度も理論立てて説明し、変革の必要性を説いたが、その努力は無駄に終わった。だからこそ、彼は見限ったのだ。愚か者に仕える時間など無駄でしかない、と。


「だが、今度は違うかもしれない…」


エル・ドライドはそう思いたかった。ディオール領を率いる幼い公爵令嬢、セリカ。彼女が推し進めている改革は、エル・ドライドが夢見たものと酷似している。まだ4歳という年齢にもかかわらず、彼女の考えは鋭く、現実的だった。だが、疑念も残る。いくら聡明であっても、あくまで彼女は貴族の子供だ。自分の意見を本当に聞き入れてくれるだろうか。あるいは、彼女もまた、貴族特有の自尊心と頑なさに支配されているのではないか?


「確かに、あの子の発想は子供とは思えないほどだ。そして、実行に直結する権力を持っている」


エル・ドライドは立ち止まり、城門を見つめた。あのセリカがただの夢想家ではなく、実際に行動に移せる立場にあることは、彼にとっても大きな希望だった。権力があるということは、意志を実現する力があるということだ。彼がこれまで仕えてきた領主たちは、権力を持ちながらもそれを正しく行使できなかった。だが、もしもこの若い公爵令嬢が、その力を正しく使えるならば…。


「それでも、あの子の才能は守られるべきだ」


エル・ドライドは静かに呟いた。セリカの才能は確かだ。それを無駄にするのは、彼自身の理想にも反する。だが、人の意見を聞くことができるかどうか、それが最も重要な点だった。貴族の中には、周囲の声に耳を傾けず、自らの判断だけで物事を進めようとする者が少なくない。もしセリカがそうであるならば、彼の助けは不要だし、彼が関わる意味もない。だからこそ、彼女の今後の行動を見守り、その姿勢を見極める必要があると感じていた。


「彼女が本当に、人の意見を聞き、改革を進められるか…それを確かめなければならない」


エル・ドライドはそう決意した。彼は自分が冷徹な人間であることを知っていたが、それでもセリカのような若い才能が潰されるのは避けたかった。彼女には、まだ未来がある。しかし、それを守るためには、彼女の周りにまともな守護が必要だ。


「まず、まともな騎士をそばに置いてほしい。そこを聞き入れてくれないようなら、やはり、彼女もまた、聞く耳を持たないということだ」


彼の脳裏に、セリカの護衛である少女の姿が浮かんだ。ジーン・クライス、14歳の若き女騎士。彼女は決して強くはないが、驚くほどの忠誠心を持っている。しかし、セリカのような貴重な存在を守るには、彼女一人では不十分だ。いかに忠誠心が厚くても、現実にはもっと強力な護衛が必要だと、エル・ドライドは冷静に判断していた。


「私が彼女を守るのではない。彼女が自らを守る力を持つかどうか、それを見極めるだけだ」


そう呟きながら、エル・ドライドはゆっくりと歩き出した。彼が手を差し伸べるかどうかは、セリカの次の行動にかかっている。もし彼女が聞く耳を持たなければ、それまでの話だ。だが、もし彼女が自らの弱点を認め、助けを求めることができるならば、エル・ドライドはその時初めて、彼女に手を貸すことを決めるだろう。


その冷たい決意と共に、彼の影は静かに城の中へと消えていった。



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