セリカは、カトリーヌ先生の授業に対して少しずつ疑念を抱き始めていた。カトリーヌ先生は初日からたびたびミスを連発し、周りの教師からも「もっとビシッとせんか!」と叱られることも多い。しかし、カトリーヌは「生徒に怖がられるのはちょっと…」と穏やかに応じていた。さらに、「教師だからといって完璧を演じる方が底が浅い気がする」と言ってのけ、やんわりと叱責をかわしてしまうのだ。その「のほほん」とした表情と独特の空気感に、他の教師たちは呆れるものの、次第に受け入れてしまっているようだった。
セリカは、そんなカトリーヌ先生の姿を微笑ましくもあり、また不安にも思っていた。教育熱心な姿勢は認められるものの、時折見せるあまりにドジな一面に「この先生で本当に大丈夫なの?」と疑問を抱かずにはいられなかった。毎日のように教室から聞こえる生徒たちの笑い声や、教室から出るときの明るい表情を見ていると、心配も薄れていくが、やはりどこか引っかかるのだ。
そんなある日の放課後、セリカは教師たちが集まる談話室に足を運んだ。カトリーヌ先生もその場におり、いつも通りの「のほほん」とした表情で他の教師たちと会話をしていた。セリカが近づくと、カトリーヌは嬉しそうに「お嬢様!」と声をかけてくる。
「カトリーヌ先生、授業お疲れ様です」とセリカは笑顔で応じたが、内心では今日もいくつミスがあったのだろうかと少し気になっていた。
談話室に集まっていた教師の一人が、「カトリーヌ先生、今日も生徒たちにずいぶん笑われていたようですが、あまりにも気を抜いていると、生徒になめられてしまいますよ」とやんわりと注意をした。カトリーヌ先生は少し照れたように笑いながら、「生徒たちが楽しいと思ってくれるなら、それでいいんです」と応えた。
その一言に、セリカはますます疑念を抱いた。「生徒たちが楽しいと思ってくれるならそれでいい」――確かに大事なことだが、教師としての責任もあるのではないかと感じたのだ。しかし、他の教師たちがカトリーヌの言葉に「まあ、たまにはそういう先生も必要かもしれませんね」と和やかに笑っている様子を見て、セリカはますます困惑してしまう。
放課後、セリカは学校の廊下を歩きながら、カトリーヌ先生のことを考えていた。彼女のドジっ子ぶりに生徒たちが親しみを抱いているのは確かで、授業も以前より楽しそうに受けている様子が伺える。しかし、それでも「本当にこれでいいのだろうか?」という疑問が、どうしても拭えなかった。まるで何か裏があるかのような、そんな違和感すら覚えていたのだ。
その時、ふとセリカはあることに気づいた。「もしかして、わざと…?」とつぶやき、ハッとした。これまでのカトリーヌ先生のドジな行動が、どこか計算されたもののように感じられたのだ。確かに、ミスを犯して生徒たちを笑わせることで、彼らがリラックスし、授業に集中するようになっている。それはまるで、最初から彼女が狙っていたかのように思えるほどだった。
「…でも、どうして?」セリカは立ち止まり、腕を組んで考え込んだ。カトリーヌ先生がドジっ子を装って生徒たちの気を引き、学習意欲を高めるためにわざとやっているのだとすれば、それは一種の才能ともいえるだろう。しかし、それが本当ならば、彼女はただの「間抜けな教師」ではなく、非常に計算高く、策士である可能性が浮かんでくる。
その日、セリカはカトリーヌ先生についての疑問を解消するために、いくつかの資料を集めることに決めた。もしかすると、父であるディオール公爵に相談すれば、何か情報が得られるかもしれない。彼女の胸の中には、小さな疑念がますます大きな疑惑に変わりつつあった。
数日後、セリカは偶然にもカトリーヌ先生が教室を出たところに出くわした。彼女は相変わらず、のほほんとした表情で、のんびりと歩いている。「先生、少しお時間をいただけますか?」と声をかけると、カトリーヌ先生はにこやかに微笑み、「もちろんです、お嬢様」と言って足を止めた。
「先生、いつもありがとうございます。生徒たちにも、先生の授業がとても好評だと聞いています」とセリカは言葉を選びながら話し始めた。「でも、ひとつお聞きしたいことがありまして…」
「ええ、何でも聞いてください!」カトリーヌ先生は楽しそうに笑って答えた。その表情には、どこか挑戦的な光が宿っているように見えた。
「先生の授業でのミスですが、もしかして…わざとなのでしょうか?」セリカは思い切って尋ねた。彼女の視線は真っ直ぐにカトリーヌ先生を見つめ、まるでその奥の真実を見透かそうとしているかのようだった。
しかし、カトリーヌ先生は驚いた表情を見せ、「ええ?そんなことありませんよ、私、本当にドジなんです!」と慌てた様子で答えた。その表情はどこまでも自然で、真実を語っているように見える。しかし、セリカはその返答にどこか違和感を覚え、「そうですか…」と一歩引いたものの、まだ疑いを捨てきれなかった。
この後も、カトリーヌ先生のドジっ子ぶりは続き、セリカの疑念は深まるばかりだったが、決定的な証拠がないため、確信には至らなかった。それでも、彼女は心の中で「先生、あなたの正体は何ですか?」と問い続けていた。