セリカは最近、クラスメイトのサエに特別な興味を抱いていた。授業が終わると決まって図書館に向かい、閉館時間ギリギリまで本を読みふけるサエの姿が、どこか浮いて見えたからだ。普通、同じ年頃の子供たちは、友人と外で遊んだり、家でゆっくり読書を楽しむことができるだろう。にもかかわらず、サエは本を借りることなく、学校に残り続ける。その姿に、セリカは自然と疑問を感じ始めていた。
ある放課後、セリカは意を決してサエに声をかけてみた。「サエ、いつも本を読んでるけど、学校でばかり読んでるよね?本は借りて家で読むこともできるんじゃない?」
サエは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑んで返事をした。「そうね…でも、図書館の静かな雰囲気が好きなの。家だとちょっと落ち着かなくて…」
サエの返答は不自然ではなかったが、どこか引っかかるものがあった。彼女が微笑みの裏に何かを隠しているように見えて、セリカの心はその場を離れがたかった。
しばらくそのまま見送っていたセリカだったが、サエが図書館から帰る後ろ姿を見て、再び胸に小さな違和感がよぎる。サエはいつも、家に向かう足取りが重く、帰ることを躊躇うかのようにゆっくりとした歩みを見せていた。彼女が時折振り返りながら、名残惜しそうに歩く様子は、何か秘密を抱えているかのように感じられる。
その日の夜、セリカはこの違和感をどうしても放置できずに、護衛騎士カトレアに相談することにした。カトレアは普段、「ドジっ子教師カトリーヌ」として振る舞っているが、その実、セリカを護衛するために派遣された優秀な騎士である。セリカの内心を察したカトレアは、すぐに動き出すことを決意した。
「調べてきましょうか?」とカトレアは静かに提案する。
「お願いできる?」セリカは即座に頼み込む。カトレアの信頼性は、すでに何度も実証されていた。
カトレアは軽く一礼をし、速やかにサエの家の調査に向かう。そして翌日、セリカに報告するために戻ってきた。その表情はいつもの柔らかい笑顔ではなく、どこか険しさを帯びていた。
「お嬢様、サエがご家庭で虐待を受けていることがわかりました。」カトレアは静かながらも重々しい口調で告げる。
セリカはその一言に衝撃を受け、言葉を失う。すぐに彼女の中で怒りの感情が膨れ上がり、拳を固く握りしめる。「…父親が、彼女にそんなことをしているっていうの?」
「残念ですが、そうです。世の中には、残念ながら愛情を知らない親も存在します。」カトレアの言葉は冷静だったが、その冷静さがかえってセリカの心をさらに痛めた。
「それでも…許せない!」セリカは怒りで声を震わせる。「自分の子供に対して、どうしてそんなことができるの?彼女が苦しんでいるのを見て、どうして平気でいられるの?」
セリカの目には涙が浮かんでいたが、それは決して悲しみだけの涙ではなく、彼女の強い決意を表していた。「もう迷うことなんて何もないわ。無理やりでもサエを助け出す。権力でもお金でも、何でも使ってやるわ!たとえ法的に問題があったとしても構わない!」
カトレアはその言葉を聞いて静かに頷いた。「お嬢様がそうお決めになったのなら、私も全力でお手伝いします。すぐに準備を整えます。」
セリカは馬車を用意させると、カトレアとともにサエの家へと向かった。夜の闇を駆ける馬車の中で、セリカの表情は決して揺らぐことがなく、彼女の決意がどれほど強固なものであるかが感じられた。