夜の帳が降りた静かな街中を、セリカの馬車は駆け抜けていた。彼女の横には護衛騎士カトレアが無言で座っているが、その鋭い視線は決して気を緩めてはいない。セリカの顔は真剣そのもので、怒りと決意がその瞳の中で燃え上がっていた。
「この世に、子供を傷つけるような親がいるなんて…許せないわ!」セリカは自分の拳を握りしめ、怒りで手が震えているのを感じていた。
やがて馬車がサエの家の前に到着する。セリカは迷うことなく馬車から降り、カトレアと共に家のドアへ向かう。カトレアが力強くドアを叩くが、応答はない。そこでカトレアがセリカの方を見やり、軽くうなずくと、そのまま勢いよくドアを開け放った。
ドアを開けた瞬間、室内の異様な空気が漂い、セリカは眉をひそめた。そこには薄暗い照明の下でうずくまるサエの姿があり、反対側には驚いた表情で立ち上がる父親がいた。彼の顔には怒りと戸惑いが浮かんでいるが、セリカはまっすぐに彼の方を見据え、一歩も引かずに足を進めた。
「何だお前たちは!勝手に人の家に踏み込んで!」父親は怒鳴り声を上げ、セリカとカトレアに威圧感を与えようとしたが、セリカは一切動じることなく彼を睨み返した。
「この子を連れて行くわ。あなたのような人間が父親だなんて、この子が可哀想だわ!」セリカの言葉には強い怒りと、決して後に引かない覚悟が滲んでいた。
サエの父親は唇を震わせ、何かを言おうとしたが、セリカの気迫に押され、結局声を出せなかった。カトレアもまた、サエの父親を冷静に睨みつけ、一歩も退かない態度を見せている。
セリカはその場でサエに近づき、そっと彼女の手を取った。サエは顔を伏せたまま何も言わず、ただ恐怖に震えている。その小さな肩をそっと抱き寄せると、セリカは優しく囁くように言った。「大丈夫。私があなたを守るわ。もう怖がらなくていいの。」
サエの目がセリカを見上げた。その目には、今まで感じたことのない温かさと信頼が溢れているようだった。サエの小さな手をしっかりと握りしめ、セリカはゆっくりと彼女を立ち上がらせると、再び父親を振り返った。
「この子を傷つけた罪、必ず償わせますから覚悟なさい。」セリカの言葉には鋭い棘が含まれていた。父親はその場で声を荒げようとしたが、カトレアがわずかに前に出て牽制したことで、怯んだように黙り込んだ。
セリカはサエを連れて、ゆっくりと家の外へ向かう。二人が出て行く背中を見送るように、カトレアは父親に冷たい視線を投げかけ、静かに言った。「お嬢様に対して無礼な行為があれば、次は許しませんから。そのつもりで。」
父親は口を開けて反論しようとしたが、言葉を失い、無言のままその場に立ち尽くした。
馬車に乗り込んだセリカとサエは、暗闇の中、揺れる車内で再び顔を合わせる。サエの表情はまだ怯えが残っているものの、セリカの隣にいることで少しずつ落ち着きを取り戻しているようだった。セリカは優しく微笑み、サエの手をしっかりと握り直す。
「サエ、もう安心していいの。ここから先は、私があなたを守るから。」セリカの言葉に、サエはわずかに頷いた。そして、彼女の目には安堵と感謝が浮かんでいる。
「ありがとう…でも、私、迷惑をかけたくないの。あなたに助けてもらうなんて…」
「迷惑だなんて思わないわ。むしろ、あなたが一人で苦しんできたことを知って、放っておけるはずがないもの。」
セリカの言葉にサエはさらに表情を和らげ、涙を浮かべながらセリカを見つめた。その瞳には、セリカに対する信頼と、これからの新しい生活への期待が少しずつ灯り始めていた。
やがて馬車がセリカの屋敷の前に到着すると、セリカはサエと共に降り立ち、彼女の手を引きながら堂々と門をくぐった。迎えに出てきたドライドがセリカとサエの姿を見て、少し驚きつつも頭を下げる。
「お嬢様、お連れ様のご無事、安心いたしました。」ドライドの落ち着いた声に、セリカもほっと安堵の表情を浮かべた。
「ドライド、彼女を部屋に案内してあげて。今日はもう遅いから、ゆっくり休ませてあげたいの。」
「かしこまりました。」ドライドは丁寧に応じ、サエに優しく微笑みかけた。「どうぞ、こちらへ。」
セリカはサエの肩に手を置き、「これからは私の家族よ。心配しないで、何があっても私が守るわ。」と優しく告げる。サエはまだ不安そうだったが、セリカの言葉に支えられるように、静かにうなずいた。
その夜、セリカはサエのためにできること、そしてサエと同じような境遇にいる子供たちを救う方法を考え始めた。彼女の心には新たな決意が芽生え、サエを通して、より大きな夢を実現する覚悟が固まっていた。