サエがディオール公爵家での新しい生活に少しずつ慣れていく中で、彼女の驚くべき才能が次第に明らかになり始めた。サエの学習能力の高さに気づいたセリカは、彼女のために専任の家庭教師をつけ、できるだけ幅広い分野を学ばせるように手配した。これまで学校の図書館で独学していたサエにとって、指導を受けられる環境は夢のようであり、彼女の知的好奇心を満たす場がようやく与えられたのだ。
サエの家庭教師を務めることになったのは、ディオール領でも名高い学識者で、特に論理学と数学に精通したエステール先生だった。彼は貴族の子女の教育にも携わってきたベテランで、最初は「普通の家庭教師の仕事」としてサエの指導を引き受けたものの、数回の授業が終わる頃にはサエの類まれな才能に驚嘆し、彼女を「非凡な生徒」として見始めていた。
授業のある日、エステール先生は基礎的な算数の問題をサエに解かせていた。彼女がどの程度まで理解できているかを確認するための簡単な問題だったが、サエは瞬く間に全て解き終えた。しかも、彼女の解答はただ答えが合っているだけでなく、その解き方が非常に論理的で、無駄がなかった。エステール先生は思わず驚き、次にもう少し難しい数学の問題を出したが、それもまた、サエは短時間で正確に解き切ってしまった。
「サエさん、これは驚きだね。この解き方は…一度も教えたことがない方法じゃないか?」とエステール先生が尋ねると、サエは少し照れくさそうに笑って、「なんとなくこうやったら早く解けるかなって思ったんです」と答えた。その素直な答えに、先生はただ唖然とするばかりだった。
さらに、エステール先生はサエに物理学や化学の基本知識も教え始めた。普通ならば基礎的な理論や公式を覚えるのに時間がかかるものだが、サエは一度教えただけで理解し、次々と応用していく。彼女は興味深そうに質問を重ね、まるで未知の世界に触れるような興奮を隠さずに学び続けていた。時には家庭教師の予想を超えるような洞察を披露することもあり、エステール先生は彼女の異才に驚きの念を抱くようになった。
ある日、エステール先生は授業後にセリカを呼び、サエの学びに対する姿勢と才能について熱心に報告した。「お嬢様、サエさんは単なる知識の吸収にとどまらず、論理的な思考力や独自の視点をも備えています。正直申し上げて、私がこれまで教えてきたどの貴族の子女よりも、学問に対する理解が深いです。」
セリカは驚きと同時に、自分が最初に感じたサエの才能が本物であったことを改めて確信した。セリカはエステール先生の報告にうなずき、「彼女の可能性を最大限に引き出すために、できる限りの支援をしたいと思っています」と答えた。エステール先生もサエの教育を引き続き担当することに使命感を感じ、彼女の学問を支援するためのプランをさらに深く考えるようになった。
その後、サエの授業範囲はさらに広がった。彼女は数学や科学だけでなく、歴史や地理といった文系の科目にも深い興味を示し、わずか数か月で貴族の子女が何年もかけて学ぶ内容を理解していった。サエは授業が終わった後も、自分でさらに学びを深めようと参考書を読んだり、疑問点をまとめたりしていた。
また、サエは学校の図書館で一人で学んでいた時とは違い、今では他の人との議論や意見交換を楽しむようにもなった。時には、セリカと共に本を読み、内容について話し合うこともあった。セリカはサエが語る物事の見方や分析に感心し、「本当にサエの才能は素晴らしいわ」と心から賛辞を送った。サエもまた、セリカに褒められると嬉しそうに微笑み、自信を深めていった。
そんなある日、サエが地図を広げて熱心に見つめている姿を見たセリカが「何を見ているの?」と尋ねると、サエは「地形や気候の影響で、どのように人々が暮らしているのかを考えていました」と答えた。その答えに、セリカは感心すると同時に、サエの将来がどれほど多くの可能性を秘めているのかを感じ、胸が高鳴るのを覚えた。
セリカはふと、サエに対して持っていた最初の思い出を思い出した。学校で一人で本を読み続ける姿、家に帰ることを避けるように過ごしていた日々、そして今、彼女がここで自分の才能を存分に発揮し、学ぶ喜びを感じている様子を見て、心から安堵した。彼女の才能を尊重し、守っていくために、この新しい生活がどれほど大きな意味を持つのかを、改めて実感したのだった。
こうして、サエは公爵家で日々成長を続けていく。彼女の才能がさらに開花する日が来るのは、もう遠い未来ではないと、セリカもエステール先生も確信していた。そして、サエの知識欲と学びへの情熱が、やがてはディオール領、ひいてはこの国の未来に大きな影響を与える存在になることを、誰もが期待していた。