リュミエール王国の第二王子、エリシオン王子は、王宮内で「異端」の存在として知られていた。第一王子のアコードとは異なり、王位継承や権力争いには一切の興味を持たず、ただ淡々と日々を過ごしている姿は、周囲にとって理解しがたいものだった。彼の人格は高潔で、学問や武術においても非凡な才能を発揮していたが、それらを示すことなく、いつも控えめで、冷静な態度を保っていた。
彼には野心がない。それは単に王位に興味がないという意味に留まらず、国政や宮廷内の権力争いに関しても一歩引いたところから静観しているという点で、特異な存在であった。王家の王子として生まれ、優れた才能を持ちながらも、権力や地位に対する欲望を感じさせないその姿勢は、周囲からも一目置かれていた。
そんなエリシオンは、周囲の人々から様々な憶測や評価を受けていた。一部の貴族たちは、彼の謙虚な態度を賞賛し、「本来王位にふさわしいのは彼だ」とささやいていた。しかし、エリシオン自身はそのような評判を耳にしても、意に介さず、まるで自分の存在が話題になっていることさえ知らないかのように振る舞っていた。
「やりたいやつがやればいい。私はその気はない」
エリシオンは、王位継承や国の未来を巡る議論に対して、常にこのように返答していた。彼にとって、王位や権力を手に入れることは興味の対象外であり、むしろ他者が望むならそれに任せれば良いという冷静な見解を持っていた。幼少期から、彼は自分の内に湧き上がる権力欲を感じたことがなく、兄アコードが継承することが国全体にとって最も安定した選択であると考えていたのだ。
「困ったことに、私を兄上より次期国王にふさわしいなどと勘違いしている連中がいるのだ。王家は、兄上が継げば丸く収まるというのに…」
彼は時折、苦笑交じりにこう漏らしていた。彼自身の性格は穏やかで冷静であり、何かを争うことや、人と競い合うことを好まなかった。それは自身が王子でありながらも、国の未来に直接関わろうとしない彼の独特な立場に現れていた。エリシオンの心には、王族としての責任感や誇りは確かに存在したが、それが権力を握ることと結びつくべきものではないという考えがあったのだ。
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エリシオンにとって、政治や権力の世界は無用な争いと混乱をもたらすものでしかなかった。兄弟たちが王位継承の座を巡って様々な駆け引きをしている様子を目の当たりにしながらも、彼は冷静にその場を一歩引いたところから見つめていた。彼がこうして自ら表に立たない理由には、彼なりの確固たる信念があった。
エリシオンは王族内の争いが激化すれば、それが国の内紛や、最悪の場合、内戦に発展する可能性があると考えていた。もし自分が王位継承に名乗りを上げれば、国全体に緊張が走り、王族内の不和が国民にまで波及することは容易に想像がついた。彼にとって、国家の安定が第一であり、自身の野心や欲望のために国民が犠牲になるような状況を何よりも避けたいと考えていた。
「私はただ、穏やかな国を見守ることができれば、それでいいのだ」
彼のこの言葉には、彼のすべての信念が集約されていた。エリシオンにとって、王族としての役割は、権力を争うことではなく、平和と安定を守ることであった。それが自身が目立たず、冷静に振る舞う理由であり、必要以上に王族としての責務を主張しない理由でもあった。
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さらに、エリシオンには、もう一つの信念があった。それは「自分の存在が国に混乱をもたらすならば、あえて才能を活かさない方が良い」という考えである。彼は優れた才能を持っていると認識していたが、その才能が周囲の秩序を乱し、国の安定を揺るがす要因となるならば、それを使わずにいる方が良いと考えていた。
「王家は、兄上が継げば安定する。それが国全体にとっての利益だろう」
エリシオンはそう確信していた。彼が才能を持ちながらもそれを発揮しない理由は、この信念に基づくものであった。もし彼が才能を前面に押し出し、王位に意欲を示せば、それは確実に王族内に大きな波紋を広げ、内部の争いを激化させるだろう。そして、その混乱が国全体に波及し、内乱に発展する可能性さえある。それが彼にとっては何よりも恐ろしいことであり、絶対に避けなければならないと考えていた。
エリシオンは、周囲からの期待や評価に対しても無頓着だった。彼は一部の貴族や王宮内の人々から「王位にふさわしい人物」と評されていることを知っていたが、それに対して何の反応も示さなかった。むしろ、そうした評価が自分に向けられることが、彼にとっては負担であり、望ましいものではなかったのだ。彼はただ、静かに日常を送り、王宮内での役割を果たしつつも、権力や地位に執着することなく、己の道を歩んでいた。
エリシオンのこの姿勢に、王宮内では賛否両論があった。彼の冷静な態度と高潔な人格に敬意を抱く者もいれば、彼の消極的な態度を不満に感じる者もいた。しかし、エリシオンはそのすべてを受け流し、まるで関心がないかのように振る舞っていた。それが彼の信念であり、自らの役割に対する彼なりの責任の果たし方だった。
エリシオン王子のこの特異な存在は、王宮内において静かながらも確かな影響力を持っていた。彼の姿勢が、多くの者にとって理解しがたいものであっても、彼が国を思いやる気持ちだけは誰もが感じ取っていたのである。そして、その態度こそが、彼を「異端」でありながらも「王族にふさわしい」と評価させる理由でもあっあるた。