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第105話 エリシオンとセリカ

ある日、エリシオン王子は王宮の庭園で偶然にもセリカ・ディオールと対面する機会を得た。彼女は鮮やかな服を身にまとい、凛とした佇まいで庭を歩いていた。エリシオンは彼女の姿を見つけると、静かに近づいていき、礼儀正しく一礼をした。


「お会いできて光栄です、セリカ嬢」


その穏やかな挨拶に、セリカも驚きながら礼を返した。彼女にとっても、エリシオン王子と直接会話を交わす機会はほとんどなかったため、彼の静かな印象とは異なる少し控えめで落ち着いた態度に驚きを覚えた。彼女は内心の戸惑いを隠しつつ、王子に微笑みかけた。


「こちらこそ、エリシオン王子。お会いできて嬉しく思います」


エリシオンは少し微笑んだまま、彼女を見つめながら続けた。


「まずは、君に謝らなければならない。家の兄弟たちが迷惑をかけていると聞いている。申し訳ない」


突然の謝罪に、セリカは思わず「はぁ?」と間の抜けた声を出してしまった。まさか、王子が他の王子たちの行動について詫びるとは思ってもみなかったからだ。エリシオンの表情は変わらず穏やかだったが、どこか少しだけ申し訳なさそうな雰囲気も漂わせていた。


「君のような若い女性が、無理に政略結婚の駒にされるようなことは、私にはどうも気が進まない。ましてや、それが君の心を痛めていると知ればなおさらだ」


エリシオンはそう言って、彼女に対して真摯な視線を向けた。その言葉には誠実な思いやりが込められており、セリカは彼の本心が透けて見えるような気がした。エリシオンは、表立って権力争いには加わらず、彼女を政略の駒にすることにも反対している。その優しさが、彼女の心をほんの少し温かくさせた。


「ありがとうございます、エリシオン王子。ですが、私もディオール領を預かる者として、自らの役割を果たす覚悟は持っております。むしろ、兄弟たちが私をどう考えているかに関わらず、私はこの領地と民のために尽力し続けるつもりです」


セリカの決意に満ちた言葉に、エリシオンは静かに頷いた。彼女が王族の策略や欲望に翻弄されず、毅然とした意志を持って生きようとしていることに、彼は敬意を感じていた。


「君のような女性が、自分の未来を自分の意思で切り開くことができるよう、私もできる限り手を貸したい。私の兄弟たちには、君の自由を奪うようなことはしてほしくない」


エリシオンはそう言いながらも、どこか達観したような表情を浮かべていた。彼はセリカがただの政略結婚の道具として扱われることを望んでいないのだと、改めて感じさせられた。


「エリシオン王子、もしも許されるのであれば、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」


セリカが少し控えめに尋ねると、エリシオンは軽くうなずき、優しく微笑んだ。


「何かな?」


彼女は一瞬ためらいながらも、以前から感じていた疑問をそのまま口にした。


「殿下は非常に才能のある方とお見受けしますが、その才能をなぜ活かされないのですか?」


彼は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻し、穏やかに答えた。


「才能…私には、そんな大したものはないよ。ただ、私の兄弟たちはご覧の通り、自己主張が強い者たちばかりだ。そこでさらに私が何か言い出せば、きっと混乱のもとになってしまうだろう」


エリシオンは視線を遠くに向け、少し目を細めながら続けた。


「その混乱が争いに発展して、国全体を損ねるようなことが起きてしまう…私は、そういうことを何よりも避けたいんだ。兄弟たちの問題が他家だけで済むなら良いが、それが国民までも巻き込んで内戦に発展するのは、絶対に避けたい」


その言葉に、セリカは彼の抱える苦悩と責任感が伝わってくるように感じた。彼がただ無関心なのではなく、国家全体を見据えて慎重に行動していることがわかり、彼への見方が少し変わった。


「殿下は…王家のために、あえて一歩引かれておられるのですね」


エリシオンはセリカの言葉に軽くうなずきながら、どこか自嘲気味に笑った。


「その通りと言いたいが、本音は、楽して安寧を守りたいのさ。…飽きれたやつだろう?」


彼は本気とも冗談ともつかない口調でそう言い、少しだけ笑った。セリカはその言葉に驚きながらも、彼が本当は優しさと誠実さを隠しているのだと気づいた。


「楽をしたい…そんなふうに言われると、かえって殿下のことが分からなくなります」


セリカは冗談めかしてそう言ったが、内心ではエリシオンの持つ柔らかさと深い配慮に対して、徐々に惹かれている自分に気づき始めていた。



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