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第106話 もし10年後も君が…

ある日の午後、エリシオン王子とセリカ・ディオールの会話は穏やかに進んでいたが、その中でセリカは自分の心が徐々に彼に惹かれていることに気づき始めていた。エリシオンは彼女の未来や自由を尊重し、政略結婚の駒として扱われることを憂いている。その姿勢は、彼女にとって新鮮で、彼の優しさと誠実さが心に響いていた。


ふと、エリシオンが冗談めかして告げた言葉が、彼女の胸に深く刻まれた。


「そうだね、もし10年後も君が独身だったら、私が結婚を申し込むかもしれない」


エリシオンのその言葉は、あまりに軽い調子で発せられたものだった。しかし、セリカは冗談で済ませられない自分に気づいていた。彼の言葉の一部には真実味があり、ふとした瞬間に、彼が本気で自分を大切に考えているのではないかと思わせるものがあった。


その後も彼女は日々の生活を送っていたが、ふとした瞬間にエリシオンの言葉が頭をよぎり、心が落ち着かない。王子たちの政略結婚の話題や、周囲からの圧力は相変わらずで、彼女を王家に嫁がせようという勢力は日に日に増しているようだった。それでも、セリカはその圧力に負けず、自分の意志を貫き続けていた。


ある晩、セリカは自室で一人静かに考え込んでいた。エリシオンの言葉と彼の哲学が何度も思い返される。彼は王位争いに加わらず、ただ国家の安定と国民の幸せを願っている。それは単なる怠けではなく、深い愛情と責任感から来るものであり、彼が本当に高潔な人物であることを物語っていた。


「10年後…」


彼が告げた「10年後にもし私が独身であれば、結婚を申し込む」という言葉が頭を離れなかった。セリカは少し笑みを浮かべて呟いたが、その中には期待と少しの不安が入り混じっていた。彼の軽い冗談が、本当に自分にとって特別な未来の可能性として感じられ始めているのだ。



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それから数日が経ち、セリカは王宮内の行事に出席する機会が訪れた。そこには、アコード王子やシビック王子、セドリック王子といった他の王子たちも参加しており、それぞれがセリカに対して少しずつ関心を示しているのが伝わってきた。彼らはそれぞれの個性や目的を持って、彼女に接触を試み、彼女の意志を探ろうとする。


アコード王子は、王位継承者としての立場から、セリカとの再婚約の可能性を探っていた。シビック王子は自分の権力欲を満たすためにセリカを嫁に迎えたいと考え、セドリック王子は彼女の才能と知恵に純粋な敬意を抱きつつも、自分の想いを誠実に伝えようと努力していた。しかし、セリカはどの王子に対しても一定の距離を保ち、彼らの意図を冷静に見極めていた。


ふと、彼女の視線がエリシオン王子に向かうと、彼はいつものように控えめで、兄弟たちが自分の目の前で繰り広げる駆け引きや競争を静かに見つめていた。彼の視線には少しの皮肉も含まれているように見えたが、どこか温かみも感じられる。


行事が終わりに近づき、セリカはエリシオン王子と再び話す機会を得た。彼女は少し照れくさそうに笑いながら、彼の言葉を持ち出した。


「10年後に独身だったら、というのは本気でおっしゃったんですか?」


エリシオンは少し驚いたように彼女を見たが、すぐに微笑を浮かべた。


「冗談とも本気とも言えないね。でも、君が10年後も独身だったなら、その時は考えないでもない」


その曖昧な答えに、セリカは少し笑って肩の力が抜けた。エリシオンの言葉には、相変わらず彼らしい含みがあり、彼がすぐに答えを出さずに、ただ穏やかに未来を見据えている様子がうかがえた。


「その時が来たら、私もどんな自分になっているか楽しみですね」


セリカの言葉に、エリシオンは優しくうなずいた。


「君のように意志の強い人なら、きっと自分の望む道を歩むことができるだろう。たとえどんな選択をしたとしても、君ならきっと後悔しない」


彼のその言葉には、彼女への信頼と期待が込められているように感じられた。セリカはその温かい眼差しに、さらに心が惹かれるのを感じた。



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エリシオンとの対話を終えた後、セリカは再び自分の心の中を見つめ直していた。彼が冗談交じりに言った「10年後」という言葉には、もしかすると自分の将来への大きなヒントが隠されているのかもしれないと感じ始めていた。彼と共に歩む未来がどうなるかはわからないが、エリシオンとの出会いが、彼女に新たな道を示している気がしたのだ。


セリカは、彼が何気なく発した言葉に自分が心を動かされていることに気づき、エリシオンの存在がどれほど特別なものになりつつあるかを感じ取っていた。そして、もし本当に10年後、彼女がまだ独身で、彼も変わらず穏やかに自分を見守ってくれる存在であれば、その時は彼の言葉を本気で考えてみようと、密かに心に決めるのだった。



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