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第107話 5歳の誕生日

セリカ・ディオールが5歳を迎えた誕生日、ディオール家の広間は美しく装飾され、貴族や領地の家臣たちから届けられた数え切れないほどの贈り物であふれていた。彼女の幼いながらも領地の発展に貢献する才覚と努力が、周囲の人々に認められていた証でもあった。だが、広間に並ぶ贈り物のほとんどが高価な宝石や絢爛豪華な装飾品だったことに、セリカは少し微妙な気持ちを抱いていた。


「どうしてこんなに宝石ばかりなのかしら…。私、まだ5歳なのに…」


周囲を見渡しながら、小さなため息をついたセリカの姿に、そばに立っていた母であるディオール公爵夫人は優しく微笑みかけた。彼女はセリカの小さな手をそっと握り、言葉をかける。


「セリカ、皆がこれほどの贈り物をしてくれるのは、あなたがこの領地を守り導く存在だと認めているからよ。それに、これらの贈り物には彼らの敬意と感謝の気持ちが込められているわ」


母の言葉にセリカは頷き、少し理解を深めた様子を見せたが、それでもどこか心の中に不満が残っているようだった。彼女にとって「価値のある贈り物」とは、もっと実用的で知識を深めるようなもの、あるいは領地の発展に役立つようなものの方が嬉しいと感じてしまうのだ。


その時、使用人が新たな贈り物を運び込んできた。「リュミエール王国の王子様たちからの贈り物です」と告げられた瞬間、セリカの目が輝いた。王子たちからの贈り物だなんて、少し予想外だった。彼女の心の中には、彼らがどんな贈り物を送ってきたのだろうという好奇心が湧いていた。


まず最初に開けられたのは、第一王子アコードからの贈り物だった。箱を開けると、中にはセリカのサイズにぴったりの淡いピンク色のシルクドレスが入っていた。美しく細やかなレースがあしらわれたそのデザインはまさに王族の贈り物らしい洗練されたもので、触れればその柔らかな質感が指先に伝わる。セリカは驚きと喜びを感じながら、その美しいドレスに目を輝かせた。


「とても素敵なドレスだけど…アコード王子が私のサイズを知っているなんて、いつの間に?」


ドレスの仕立てがあまりにも正確だったことに、セリカはどこか驚きと警戒心を抱いた。アコード王子の細やかな配慮が嬉しい反面、「サイズまで調べている」という事実が、彼女には少し気になるところでもあった。心の中で「油断ならないわね」と呟きながらも、そのドレスを眺めているうちに自然と微笑みがこぼれてしまう。


次に運ばれてきたのは、第四王子セドリックからの贈り物だった。小さな箱を開けると、中には繊細なデザインの指輪が入っていた。小さな宝石があしらわれ、シンプルながらも気品が感じられるそのデザインに、セリカは思わず見入ってしまった。しかし、まだ幼い自分に指輪を贈られるという事実に少し戸惑い、冗談めかして言った。


「まさか、婚約指輪じゃないよね?」


セリカの言葉に、そばにいた使用人たちはクスリと微笑みを漏らし、セリカもその指輪を眺めながら、セドリック王子の誠実さと配慮を感じ取り、心の中で感謝を述べた。


続いて手にしたのは、第三王子シビックからの贈り物だった。彼が贈ったのは、美しい花模様が描かれたティーカップのセットだった。普段のシビック王子の少し強引で威圧的な性格を知っているセリカにとって、こんなに繊細で控えめなセンスがあるとは意外だった。


「意外とセンスがいいのね…」


シビックのティーカップは、彼が少し気取ったところがあることを知っているセリカにとっても、彼の意外な一面が見えたような気がして、ほんの少し彼に対する印象が柔らかくなった気がした。彼女はそのカップを手に取り、そっと眺めながら微笑んだ。


そして次に届いたのは、第五王子ランディからの贈り物だった。使用人たちが苦労して運び込んだのは、セリカの背丈を優に超えるほどの大きなクマのぬいぐるみだった。その愛らしい顔とふわふわとした毛並みが、まるで抱きしめると心が癒されるような存在感を放っていた。


「こんなに大きなぬいぐるみ、どこに置くのかしら?」


セリカは少し呆れたように呟きながらも、クマのぬいぐるみに顔をうずめ、思わず微笑んだ。ランディ王子の贈り物からは、彼の優しさや気配りが伝わってきて、彼女は心の中で「少しだけ可愛らしい王子かもしれない」と感じていた。


そして最後に届けられたのは、第二王子エリシオンからの贈り物だった。彼が自ら手作りしたというケーキが運ばれてきた時、セリカは大きな驚きとともにそのケーキに目を奪われた。美しく飾られたケーキには、鮮やかな花のデコレーションが施されており、その細やかな作業が彼の丁寧さを物語っていた。


「エリシオン王子が作ったケーキだなんて…本当に謎めいた方だわ」


セリカはそのケーキを眺めながら思わず呟き、エリシオンの不思議な魅力に心を引かれるのを感じていた。彼がどれだけ繊細で温かい人柄を持っているのか、このケーキ一つから感じ取れたのだ。すると、そばにいた側近のドライドが微笑みを浮かべてセリカに耳打ちした。


「お嬢様、実はエリシオン王子の趣味はお菓子作りなのだそうですよ」


「え…?本当に?意外すぎるわ。あの方、本当に謎だらけね」


セリカは思わずケーキに見入ったまま、驚きを隠せなかった。彼女がケーキを一口食べてみると、優しい甘さが口の中で広がり、彼の思いやりがじんわりと伝わってくるようだった。ケーキを味わいながら、セリカはほっとした気持ちとともに、彼への好意が少し芽生えているのを感じた。


「私は、食べる才能はあるけど、作る才能はないのよ…」


ケーキをもう一口楽しみながら、セリカが少し照れくさそうに呟くと、ドライドが意地悪そうに微笑みながら返事をした。


「ほう、それは意外な欠点ですね。お嬢様にはできないことなんてないと思っていましたが」


セリカは少し眉を上げてドライドを睨むような視線を送りながらも、どこか微笑を浮かべていた。


「メイドやシェフもいるのに、公爵令嬢が自ら料理をする必要なんてないでしょう?」


ドライドは肩をすくめ、相変わらずの微笑を浮かべながら答える。


「確かにそうですが、お菓子作りを趣味として嗜む令嬢も少なくありませんよ。むしろ、手先が器用であることを見せる機会として、周囲から喜ばれることも多いのです」


セリカは少し呆れたようにため息をつき、毅然とした表情で言い返した。


「そんな暇があったら、本の一冊でも読むわ」


その返答に、ドライドは満足そうに微笑み、セリカのまっすぐな性格を改めて誇らしく感じていた。その時、そばで見守っていたドライドの養子であるサナが、静かにセリカに近づいてきた。サナはセリカより3歳年上で、ドライドによって引き取られたものの、すでにお菓子作りや家事全般でその才能を発揮していた。


「お嬢様が、お菓子作りをしなくても大丈夫です。私が作りますから」


サナは小さなケーキをそっとテーブルに置くと、少し照れくさそうに微笑みながら小さな声で続けた。


「お誕生日おめでとうございます。王子様のケーキほど豪華ではありませんが、私からのささやかなプレゼントです」


サナの真摯な言葉と心のこもったケーキに、セリカは思わず微笑み、心が温まるのを感じた。彼女の気持ちが込められた手作りのケーキは、豪華な贈り物にはない温かみがあった。セリカはサナの手を取って優しく答える。


「そんなことないわ、とっても嬉しいわ。サナ、本当にありがとう」


セリカが心からの感謝を込めてサナに微笑むと、サナの表情も少しだけ緩み、嬉しそうに微笑み返した。その様子を見守っていたドライドも、どこか誇らしげに目を細め、二人の絆が強く結ばれていることを確信していた。


やがてセリカの5歳の誕生日会も終わりを迎え、広間に残ったのは心地よい静けさと、誕生日に贈られた温かい思い出だった。彼女は自室に戻り、今日の出来事を一つ一つ思い出しながら、まだ幼い自分が周囲から寄せられる期待と重責を改めて感じていた。


「王子たちからの贈り物も、サナのケーキも…みんな、私に期待してくれているのよね」


彼女は幼いながらも、その期待に応えようとする決意を胸に抱き、これからもディオール領の繁栄のために努力し続けることを心に誓った。そして、その夜、彼女はドライドやサナの支えに感謝しながら、穏やかな眠りに落ちたのだった。


この5歳の誕生日は、セリカにとってただの祝福の日ではなく、自分が周囲にどれほど大切に思われ、頼りにされているかを実感する機会となったのである。



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