買い物を終えた俺たちは、とぼとぼとスモーク山の雪道を登っていた。
——世界を繋ぐ能力?
——人間を食う種族?
冗談じゃない。じゃあ、あの雪や誘拐された子供たちはもう……。
「くそぉぉぉ!」
思わず怒りに任せて、足元の雪を蹴り上げた。
ブォンッ!
雪と一緒に空間が震え、突如として現れたのは——円形の、まるで鏡のような物体だった。
「……なんだ、これ」
唖然とする俺の横で、コロウが眉をひそめる。
「信じられん……本当に世界を繋ぐ力を持つ人間が存在するとは。ティードの言っていた通りじゃな」
「ティード……?」
その名前に、嫌な予感が背を走る。俺はゆっくりとその“円”の中を覗き込んだ。
そこには、雑踏が行き交う東京・渋谷の街並みが映っていた。
人々がスマホを見ながら歩き、タクシーが信号待ちをしている——見慣れた景色。
「……帰れる、のか……?」
信じがたい現象に、息を呑んだ。
「帰っても構わんが、お前さんの言う事件とやらは、何も解決しとらんのではないか?」
コロウの言葉に、心が揺れる。
確かに、ここで帰ってしまえば、すべてが中途半端のままだ。
けど——あの世界で、俺が何をどうすればいいかも、まだ分かっていない。
それに、こっちの世界も気になる。捜査本部はどうなっている?
並行世界を行き来する海賊? 誘拐と人身売買? そんな話をしたところで、釜野たちが信じてくれるはずがない。
それでも俺は、一度東京へ戻ることを選んだ。
「……行くのか?」
「ああ。本当に世話になった。せめて無事を伝えたい。……行方不明届なんて出されても厄介だしな」
コロウはうなずく。「また会おう、探偵よ」
俺は深く息を吸い、目を閉じてゲートをくぐった。
——轟音。風圧。感覚が裏返るような感触。
目を開けると、そこには渋谷のスクランブル交差点が広がっていた。
「……ははっ、本当に、帰れたのかよ……」
俺は捜査本部へと向かった。
警視庁 捜査本部
ドアを開けた瞬間、静寂に包まれた室内で、ただ一人座っていた釜野と目が合った。
「……」
「……」
「おまえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
次の瞬間、釜野は怒鳴り声を上げ、泣きながら俺に抱きついてきた。
「一体どこ行ってたんだよ! 飛鳥さんも、お前の親も、みんな心配してたんだぞ!」
意外だった。そこまで心配されるなんて、思ってもいなかった。
「わ、悪かった……ちょっと、捜査してただけなんだ」
「捜査ァ!? 何の捜査だよ!!」
「な、なぁ……ちょっと変なこと聞いていいか?」
「黙ってろ! まずは手続きだ手続き!」
「……手続き?」
「行方不明届の取消しとか、いろいろあるんだよ。お前、三か月も行方不明だったんだからな!」
「……三か月!?」
耳を疑った。俺の感覚では、せいぜい二日程度のはずだ。
もしかして、世界をまたぐと時間の流れが——。
一週間後、俺は警視庁の取り調べ室にいた。くたびれた刑事と、煙草の匂い。
「……で、あんたはどこに行ってたって?」
「さっきも言ったろ、異世界だよ。海賊が人間を誘拐して、オークションで売ってた。俺はそれを——」
「……またそれか。そんな話、信じろってのが無理だろ」
刑事は溜息をつき、資料をまとめて立ち上がる。
「事件性があるから、まだここに居てもらう。しばらくな」
「……嘘だろ、またここで生活かよ」
「お前が本当のことを喋ったら、帰してやるよ」
ドアを開けた刑事が、思い出したように言った。
「そうだ、お前が配属されてた誘拐事件捜査班な。上の命令で撤廃になったから」
「……は?」
「次からは“零殺人事件”の捜査を手伝ってもらう」
その言葉を最後に、刑事は出て行った。
「……撤廃? なに言ってやがる……」
あれだけの被害を見てきたのに。
あれだけ、痛みと恐怖を目にしてきたのに。
なぜだ。なぜ蓋をする。なぜ見て見ぬふりをする。
「……許せねぇ……」
どうしても納得できなかった。たとえ命令だとしても。
けれど、今は立ち止まっている暇なんてない。
この力を——世界を繋ぐ能力を使いこなせれば、またあの世界に戻れる。
そして、必ず雪を救い出す。あの地獄のような場所から。