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第12話

早朝 東京郊外・事件現場

 警察の規制線の内側では、警官たちが黙々と現場を検証していた。夜が明けきらぬ時間帯、薄明かりの中に浮かぶ民家には、昨夜の惨劇の痕がまだ生々しく残っている。


「……監視カメラの映像はダメだ。バグで犯人の姿が一切映ってない」

 現場に到着していた警部・釜野が、手元の端末を見ながら苦い声を漏らす。


「これまでの事件でも、同じようにカメラの異常はあったのか?」

 俺は現場の様子を一瞥しながら問い返した。


「いや、あっちはもっと田舎だった。異常どころか、そもそもカメラ自体がろくにない地域だったからな」

 釜野が溜息まじりに肩をすくめた。


「なのに、なぜ今回は市街地寄りの民家を選んだ……リスクを冒す理由があるはずだ」


 その時——。


「すみません、遅れました!」

 息を切らせて駆けてきたのは、スーツ姿の若い女性だった。


「遅いぞ、姫野!」

「す、すみません!」


 どこか頼りなさげな彼女は、小柄な体を一生懸命に動かしながら、現場へと歩み寄る。


「彼女は?」

「今日からこの事件の担当に加わった新任刑事、姫野沙耶だ」

 釜野が説明する。


「本日付で配属されました、姫野です! 新米ですが、よろしくお願いします!」

 緊張した面持ちで、俺に深く頭を下げた。


「悠、お前が面倒見てやれ」

「は?なんで探偵の俺が新人教育なんか……それ、警察の仕事だろ」


「一目見てわかった。お前と姫野は、相性がいい。頼んだぞ」

 釜野はそれだけ言うと、さっさと背を向けて立ち去ってしまった。


(……マジかよ)


「はは、行っちゃいましたね」

「……そうだな」


「新人の子かい?」

 突然、背後から声がした。


「うわっ!?」

「わっ……!」


 俺と姫野が同時に声を上げる。名取が、いつの間にかすぐ後ろに立っていた。


「お前……脅かすなよ、棋士のくせに」


「ところで、監視カメラに異常があったそうだね。これまでの犯行にはなかった展開だ。面白い」

 不気味に笑いながら、名取は視線を現場に向けた。


 遺体はすでに回収され、鑑識による調査が始まっている。俺たちは捜査本部へと戻ることになった。


捜査本部

「で、どうなんだよ。にやにや棋士さん」

 机に腰を下ろしながら、俺は名取に問いかける。


「君は探偵だろう? まずはそちらの推理を聞かせてもらおうじゃないか」


「私も、悠さんの意見が聞きたいです!」

 姫野が目を輝かせながら身を乗り出す。


「……犯人はなぜ、わざわざ監視カメラの整備された場所を選んだのか。これは——スリルを求めてるんじゃないか?」


「……スリル、ね」

 名取の表情がわずかに動く。


「だって、普通はそんな目立つ場所選ばないだろ? それなのに、わざわざリスクを背負ってまでこの家を選んだ。快楽殺人ってのは、往々にしてそういう刺激を求めるもんだ」


「でも……」

 姫野が疑問を挟む。「監視カメラをいじってるんですよね? 本当にスリルが目的なら、そんな細工しないんじゃ……」


 言葉に詰まる俺を見て、名取がニヤリと笑った。


「君、転職を考えた方がいいんじゃないか? 推理が少し……稚拙だ」

「はっきり言うな!」

「でも、“スリルを味わいたい”というのは、僕も同意見だよ」


「え、まじ!? 本当に……?」


「……そんなに驚くなよ。傷つくだろ」


「推理とは、犯人の心理にどれだけ深く入り込めるかが勝負だ。自分が犯人だったらどうするか、そう考えることで見えるものがある」


 名取は手元の資料を一瞥しながら、淡々と話を続ける。


「たとえば……あの民家は古い木造だった。もし僕が犯人なら、証拠をすべて焼き払ってから立ち去るだろうね。だが、そうしなかった」


「それはつまり、痕跡をあえて残したがってる……」


「あるいは、時間の制約があった。理由は複数考えられるが、犯人はスリルだけではなく、何か“実験的”な意図を持って行動しているようにも思える」


「実験、ね……」


「それともう一つ。犯行に使われた武器はクロスボウ——音もなく、迅速に対象を殺害できる。今どき珍しい凶器だ。警察もすでにそこまでは把握している」


「でも、そこまで裏をかき続けて七件以上も殺害して逃げてる……」


「そう。ここが重要だ」

 名取の瞳が細く鋭くなる。「犯人がここまで警察の動きを先読みして動けているということは、内部の情報を握っている可能性がある。つまり——」


「犯人は、警察関係者の中にいる……」

 俺の言葉に、名取は静かにうなずいた。

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