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第14話

 俺はポケットに手を差し込み、小型拳銃を引き抜いた。

 名取の額に狙いを定める。


「おい、外道。なぜ俺にこんなもんを見せた?」

 声が自然と低くなる。怒りよりも、むしろ冷たく、乾いた音だった。


 名取は両手を上げて一歩後退した。


「待て待て、殺すのは勘弁してくれよ」

 だがその口元は、微かに笑っていた。


「君の経歴、少し調べさせてもらった。驚いたよ……高校時代は喧嘩無敗、街では名の知れた不良だったらしいじゃないか」


「……」


「しかも、君が中学二年生の頃——担任教師を刺殺した。世間では“少年A”として扱われたが、その裏には、雪という女子生徒をセクハラから守ったという話がある。……泣けるよ、本当に。悲しい話だ」


 名取は恍惚とした表情で言葉を続ける。


「だが、そういう人間にこそ共感を覚える。君と僕は、根の部分でとても似ている」

「……は?」


「暴力だよ。君は暴力が好きだ。探偵として犯人を追い詰めるたび、法を盾にして、必要以上に殴る。叩き潰す。……楽しいだろ?」


「……」


「僕と一緒に“仕事”をしよう。殺しを。君なら分かるはずだ、この快感が!」

 名取の目は異常に光っていた。人の理性などとっくに捨て去った、底知れぬ狂気がそこにあった。


「それだけか? 言いたいことは」

 俺は淡々と、無線機に手を伸ばした。


 その動きに気づいた名取が、背後に設置してあったクロスボウに手を伸ばす。


「残念だよ。なら、帰すわけにはいかないな」


 ——バァン!


 一瞬の判断で俺は撃った。狙いは外さない。


「ぐぉぉっ!!」

 名取の右腕が跳ね、クロスボウは床に転がった。


 すぐさま無線を構える。


「至急、至急!こちら飛鳥探偵事務所所属・浪野悠。容疑者・名取が発砲——応援を要請!場所は名取邸!」


 直後、屋外からサイレンの轟音が聞こえはじめた。


 名取は血まみれの腕を押さえながら、どこか楽しげに笑っている。


「もう来たのか……さすが探偵君、段取りが良い」


 そう言うと、名取は懐から銀色の筒を取り出した。


「はぁ……!? おい、それ——」


 ——バンッ!


 スモークグレネードが炸裂。濃密な白煙が視界を奪った。


「ゲホッ、ゲホッ!」


 咳き込む俺の横をすり抜けるように、名取の足音が廊下へ響き、やがて階段を駆け上がる音へと変わっていった。


「待てこらぁ!」


 銃を手に立ち上がろうとするが、さっきの一瞬の混乱でバランスを失い、意識がふらつく。


「ちっ……頭が……」


 その時、扉が破られ、数人の武装警官が突入してきた。


「悠!! 無事か!」

 釜野刑事の声が聞こえる。


「問題ない……それより、名取が屋上に……!」


 言い終える前に、目の前が暗転した。


屋上

 釜野たち警官隊が階段を駆け上がった時には、すでに遅かった。


 屋上に姿を現したのは、ヘリのハッチに乗り込む名取だった。


「またな、探偵君」

 名取は余裕の笑みを浮かべ、離陸するヘリの中で手を振る。


「くそっ、逃がすな!! ヘリを出せ、すぐに追え!」


 釜野の怒号が、空に吸い込まれていく。

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