俺はポケットに手を差し込み、小型拳銃を引き抜いた。
名取の額に狙いを定める。
「おい、外道。なぜ俺にこんなもんを見せた?」
声が自然と低くなる。怒りよりも、むしろ冷たく、乾いた音だった。
名取は両手を上げて一歩後退した。
「待て待て、殺すのは勘弁してくれよ」
だがその口元は、微かに笑っていた。
「君の経歴、少し調べさせてもらった。驚いたよ……高校時代は喧嘩無敗、街では名の知れた不良だったらしいじゃないか」
「……」
「しかも、君が中学二年生の頃——担任教師を刺殺した。世間では“少年A”として扱われたが、その裏には、雪という女子生徒をセクハラから守ったという話がある。……泣けるよ、本当に。悲しい話だ」
名取は恍惚とした表情で言葉を続ける。
「だが、そういう人間にこそ共感を覚える。君と僕は、根の部分でとても似ている」
「……は?」
「暴力だよ。君は暴力が好きだ。探偵として犯人を追い詰めるたび、法を盾にして、必要以上に殴る。叩き潰す。……楽しいだろ?」
「……」
「僕と一緒に“仕事”をしよう。殺しを。君なら分かるはずだ、この快感が!」
名取の目は異常に光っていた。人の理性などとっくに捨て去った、底知れぬ狂気がそこにあった。
「それだけか? 言いたいことは」
俺は淡々と、無線機に手を伸ばした。
その動きに気づいた名取が、背後に設置してあったクロスボウに手を伸ばす。
「残念だよ。なら、帰すわけにはいかないな」
——バァン!
一瞬の判断で俺は撃った。狙いは外さない。
「ぐぉぉっ!!」
名取の右腕が跳ね、クロスボウは床に転がった。
すぐさま無線を構える。
「至急、至急!こちら飛鳥探偵事務所所属・浪野悠。容疑者・名取が発砲——応援を要請!場所は名取邸!」
直後、屋外からサイレンの轟音が聞こえはじめた。
名取は血まみれの腕を押さえながら、どこか楽しげに笑っている。
「もう来たのか……さすが探偵君、段取りが良い」
そう言うと、名取は懐から銀色の筒を取り出した。
「はぁ……!? おい、それ——」
——バンッ!
スモークグレネードが炸裂。濃密な白煙が視界を奪った。
「ゲホッ、ゲホッ!」
咳き込む俺の横をすり抜けるように、名取の足音が廊下へ響き、やがて階段を駆け上がる音へと変わっていった。
「待てこらぁ!」
銃を手に立ち上がろうとするが、さっきの一瞬の混乱でバランスを失い、意識がふらつく。
「ちっ……頭が……」
その時、扉が破られ、数人の武装警官が突入してきた。
「悠!! 無事か!」
釜野刑事の声が聞こえる。
「問題ない……それより、名取が屋上に……!」
言い終える前に、目の前が暗転した。
屋上
釜野たち警官隊が階段を駆け上がった時には、すでに遅かった。
屋上に姿を現したのは、ヘリのハッチに乗り込む名取だった。
「またな、探偵君」
名取は余裕の笑みを浮かべ、離陸するヘリの中で手を振る。
「くそっ、逃がすな!! ヘリを出せ、すぐに追え!」
釜野の怒号が、空に吸い込まれていく。