中学一年の春、俺は体育館の倉庫で、担任教師を刺した。
桜が舞う昼下がり。体育の授業で、校庭は騒がしく賑わっていた。
生徒たちはバレーボールに興じ、笑い声が風に流れていく。
「雪ー! いくぞー!」
俺はボールをトスして、クラスメイトの雪に向けて放った。
だが彼女は驚いたように目を見開き、うまく受け取れずに落とした。
「わー、びっくりしたぁ……」
その瞬間、体育教師・酒田の笛が鳴った。
「そこまで! ボールを片付けて整列しろー!」
乱れた髪をかき上げ、眼鏡を押し上げながら、酒田は生徒たちに指示を飛ばす。
「はい、今日はここまで。教室に戻って着替えろー」
生徒たちが列を成して体育館を後にする中、酒田がふいに声を上げた。
「——雪。お前はこっちだ」
彼は無造作に倉庫の扉を開けると、彼女を中へ誘導した。
そして中から鍵をかけた。
「……はい。わかりました」
雪は大人しく従い、倉庫のマットに腰を下ろした。
「よう、雪」
「……下の名前で呼ぶの、やめてください」
「つれないなあ。俺たち、もっと仲良かったろ?」
酒田はにやつきながら、彼女の肩に手を回す。
雪が身をよじる。
「くっ……」
倉庫の隅で、俺はじっと様子を窺っていた。
その異様な空気に、体が熱くなっていた。
「おい、雪。そこにいるんだよな?」
「っ……うん! 先生に、トスのやり方教えてもらってるだけだから!」
「……ふん、よくわかってるじゃねえか」
「そうだ、お前の裸の写真。あれがある限り、お前は俺には逆らえねぇよなぁ……?」
——バリン!
「なんだっ!?」
小窓が割れた。
ガラスの破片が散り、そこから俺が飛び込んだ。
「悠っ……!」
雪が顔を上げた。涙が浮かんでいる。
「お前……ここで何してるんだ!」
「そっちの台詞だよ、クソ野郎。……女の子に手ぇ出してんじゃねぇよ」
俺はポケットから小さなナイフを取り出した。
酒田の目が見開かれ、声が上ずる。
「や、やめろ、やめてくれ……!」
「うるせえ!」
——突っ込んだ。
怒りのまま、俺は酒田の腹にナイフを突き立てた。
彼は崩れ落ち、呻き声と共に床に倒れる。
「雪、大丈夫か!?」
駆け寄ると、彼女は震える手で俺にしがみついた。
「悠……怖かった……ずっと、ずっと怖かったよぉ……」
「もう、大丈夫だ……。もう大丈夫だからな」
そのとき、後方から怒鳴り声が響いた。
「なんだ!? 何やってんだ、ここで!」
別の教員たちが駆け込んでくる。
彼らは倒れた酒田を見て、血相を変えた。
「お前がやったのか!?」
「——ああ。俺が殺した」
その後、病院に運ばれた酒田は死亡。
俺はすぐに少年鑑別所に送致され、裁判にかけられた。
しかし、雪だけではなかった。
酒田のセクハラ行為は複数の女子生徒に及んでおり、ある女子が密かに記録した映像が決め手となった。
「正当防衛に近い動機」として、俺の刑は軽減された。
それでも——俺は四年間、少年院で過ごすことになった。
あの日から、俺の人生は変わった。
正義とは何か。暴力とは何か。
その問いは、今も胸に焼きついたままだ。