深夜 ケッカイ島
アルタイル王国から遥か遠く離れた孤島――ティード海賊団の本拠地、ケッカイ島。
広がる砂浜の先には、凶暴な魔獣たちが巣食う密林が立ち塞がり、さらにその奥の中心地には、たいまつの炎に照らされた木造の巨大な城が建っている。
沖には、黒く鈍く光る海賊船が静かに錨を下ろしていた。
砂浜では、ガーゴンとガウスが奴隷たちを叱咤しながら出航の準備を進めていた。
「はぁ、はぁ……」
肩で息をしながら荷を運ぶ奴隷に、ガーゴンが鼻で笑いながらワインをぶっかけた。
「どうした?ほら、さっさと動け」
赤黒く染まった布が冷たく肌に貼り付き、奴隷は言葉もなくうつむいたまま立ち尽くす。
「貴様らに人権などない。俺たちの駒なんだよ」
ガウスが軽蔑の色を浮かべて言い放った瞬間、奴隷のひとりが力尽きて地面に崩れ落ちた。
「ふん……こいつももう使い物にならんな」
「おい、こいつを森へ捨ててこい。魔獣どもにでも喰わせてやれ」
絶望に染まった表情のまま、残った奴隷たちが倒れた仲間を肩に担ぐ。その身体はまるで枯れ木のように軽く、細かった。
「こんな体格じゃあ、魔獣も食うところがなくて困るなぁ。はははっ」
ガウスの下卑た笑い声が、ガーゴンの同調するような嘲笑と混ざって響き渡った。
海賊船 船長室
巨大な玉座にだらしなく身を沈め、ティードは船の揺れに身を任せながら浅い眠りに落ちていた。
――ドォン!!
突如、銃声が室内に響き渡る。ティードは夢の中から跳ね起きると、寝ぼけ眼のまま天井へ向けて銃を撃った。
「クライスは俺の弟だ……俺が決着をつけなければならんのだ!」
重たい足取りで窓へ歩み寄り、勢いよく開け放つ。
「来い、ドラゴ!」
呼び声に応えるように、甲高い鳴き声と共に一匹の小竜が現れる。
「きぇええええ!!」
ドラゴが羽ばたく風が、部屋の中の書類を舞い上がらせた。
「ドラゴ、俺をクライスのもとへ連れていけ」
ティードの言葉を合図に、ドラゴはその小さな足で彼の右手をしっかりと掴むと、まるで嵐のような勢いで夜空へと舞い上がった。
アルタイル王国 アルタイル城 医務室 小窓
「……透明化解除」
窓辺に立つティードの姿が、静かに輪郭を取り戻していく。
目の前のドアはわずかに開いていた。歩兵がいつ戻ってくるかわからない。迷っている暇などない。早くとどめを刺さなければ。
「さらばだ、呪われた弟……そして、思い出よ」
その背後から、くぐもった笑い声がした。
「おい、船長ともあろう者が……俺の気配すら察知できねぇとはな」
扉の前に立っていたのは、にやついたダグだった。
「……酒でも飲みすぎたか?」
ティードは鋭い目を細めて睨みつけた。
「貴様などと相手をしている暇はない。失せろ、槍兵」
そして、詠唱が始まる。
「――ブラックボックス」
ダグも即座に応じる。
「――ドルフィンズ!!」
轟音が医務室に炸裂し、真夜中の城に激しい魔法と怒声が交錯する。