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第32話

深夜 ケッカイ島


アルタイル王国から遥か遠く離れた孤島――ティード海賊団の本拠地、ケッカイ島。

広がる砂浜の先には、凶暴な魔獣たちが巣食う密林が立ち塞がり、さらにその奥の中心地には、たいまつの炎に照らされた木造の巨大な城が建っている。


沖には、黒く鈍く光る海賊船が静かに錨を下ろしていた。

砂浜では、ガーゴンとガウスが奴隷たちを叱咤しながら出航の準備を進めていた。


「はぁ、はぁ……」


肩で息をしながら荷を運ぶ奴隷に、ガーゴンが鼻で笑いながらワインをぶっかけた。


「どうした?ほら、さっさと動け」


赤黒く染まった布が冷たく肌に貼り付き、奴隷は言葉もなくうつむいたまま立ち尽くす。


「貴様らに人権などない。俺たちの駒なんだよ」


ガウスが軽蔑の色を浮かべて言い放った瞬間、奴隷のひとりが力尽きて地面に崩れ落ちた。


「ふん……こいつももう使い物にならんな」


「おい、こいつを森へ捨ててこい。魔獣どもにでも喰わせてやれ」


絶望に染まった表情のまま、残った奴隷たちが倒れた仲間を肩に担ぐ。その身体はまるで枯れ木のように軽く、細かった。


「こんな体格じゃあ、魔獣も食うところがなくて困るなぁ。はははっ」


ガウスの下卑た笑い声が、ガーゴンの同調するような嘲笑と混ざって響き渡った。


海賊船 船長室


巨大な玉座にだらしなく身を沈め、ティードは船の揺れに身を任せながら浅い眠りに落ちていた。


――ドォン!!


突如、銃声が室内に響き渡る。ティードは夢の中から跳ね起きると、寝ぼけ眼のまま天井へ向けて銃を撃った。


「クライスは俺の弟だ……俺が決着をつけなければならんのだ!」


重たい足取りで窓へ歩み寄り、勢いよく開け放つ。


「来い、ドラゴ!」


呼び声に応えるように、甲高い鳴き声と共に一匹の小竜が現れる。


「きぇええええ!!」


ドラゴが羽ばたく風が、部屋の中の書類を舞い上がらせた。


「ドラゴ、俺をクライスのもとへ連れていけ」


ティードの言葉を合図に、ドラゴはその小さな足で彼の右手をしっかりと掴むと、まるで嵐のような勢いで夜空へと舞い上がった。



アルタイル王国 アルタイル城 医務室 小窓


「……透明化解除」


窓辺に立つティードの姿が、静かに輪郭を取り戻していく。


目の前のドアはわずかに開いていた。歩兵がいつ戻ってくるかわからない。迷っている暇などない。早くとどめを刺さなければ。


「さらばだ、呪われた弟……そして、思い出よ」


その背後から、くぐもった笑い声がした。


「おい、船長ともあろう者が……俺の気配すら察知できねぇとはな」


扉の前に立っていたのは、にやついたダグだった。


「……酒でも飲みすぎたか?」


ティードは鋭い目を細めて睨みつけた。


「貴様などと相手をしている暇はない。失せろ、槍兵」


そして、詠唱が始まる。


「――ブラックボックス」


ダグも即座に応じる。


「――ドルフィンズ!!」


轟音が医務室に炸裂し、真夜中の城に激しい魔法と怒声が交錯する。

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