病室にて
「はっ――!」
荒く息を吐いて目を覚ますと、白い天井が視界に広がった。硬いベッドの感触と、消毒液の匂い。ここは……。
「悠くん! あ、ああっ……良かった……っ」
振り向けば、目に涙を浮かべた姫野がいた。頬はこけ、目元には明らかな疲労が滲んでいる。
「姫野……ここは病院か?」
「ちょ、ちょっと待っててください! 今すぐ先生呼んできます!」
そう言って姫野は慌てて部屋を飛び出していった。
後から聞かされた話では、俺は栄養失調で意識を失い、そのまま五日間も眠り続けていたらしい。命に別状はなく、点滴治療の後、俺はすぐに退院することとなった。
翌日 午前十一時 アルタイル王国 医務室
「……ん、んん……」
クライスが重いまぶたを開くと、木製の天井と、薬草の香りが鼻腔をかすめた。薄く湿った空気。ここは――医務室か。
「起きましたか、陛下」
控えていたメントが、椅子から静かに立ち上がる。
その直後、医務室の扉が勢いよく開いた。ダグとクリスが険しい顔で入ってくる。
「寝起きのところ悪いが、クライス。緊急事態だ」
ダグの声は切迫していた。
「ティード海賊団の襲撃に遭い、陛下のご子息が連れ去られました」
「……なに?」
クライスの顔から血の気が引いた。瞬時に全身に緊張が走る。
「おそらく、やつらの狙いは探偵――浪野悠だ。復讐と、完全なる抹殺が目的だ」
「交換条件を突きつけるつもりか……?」
「その通りだ」
ばさ――
クライスはシーツを払い、立ち上がった。
「まだ駄目です、陛下!」
メントが慌てて制止するも、クライスの意思は固い。
「探偵はどこだ?」
「……交換に応じる気か?」
「当然だ。子どもたちを取り返す。たとえ、悠を犠牲にしてでも」
その声には迷いはなかった。ただし、目の奥には言葉にしない苦悩の色が、かすかに揺れていた――。