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第39話

 魔王を討ち果たし、英雄としてその命を散らした勇者ルーシェ。その子として生まれたカイラは、間もなくしてクライス王の側近・コロウに引き取られることとなった。


 山奥にあるスモーク山の小屋で、コロウは少女に剣技と生き方を叩き込んだ。


 ──七年後。


 カイラが振り下ろした薪割り斧が、乾いた音を立てて木を裂いた。


 「そうだ、だいぶマシになってきたな」


 雪が積もる小屋の前で腕を組むコロウの声に、カイラは不満げに顔をしかめた。


 「おじさん、薪割り飽きちゃったよ……そろそろ銃とか魔法とか教えてよ!」


 目を輝かせるカイラに、コロウは少し笑ってうなずいた。


 「そうだな、もう薪はいい」


 「やったー!」


 少女は地面をぴょんぴょん跳ねながら喜びを爆発させた。


 ――こうしてカイラは、戦術魔法と銃器の扱いを学び始めた。


 二ヶ月後。

 吹雪く山のふもとで、大剣を構えたカイラが叫んだ。


 「ふんっ!!」


 ザンッ――!


 斬撃が放たれ、鋭いエネルギーの線が雪山を裂いた。

 瞬く間にひび割れが走り、斜面が大きく崩れ落ちていく。


 「信じられん……」


 傍で見ていたコロウは、ただ呆然とつぶやいた。


 「七歳の子どもが……クライスや、俺を超えただと……?」


 カイラは無言で剣を納め、静かにその場を後にした。


 ──さらに六年が過ぎ、カイラは十三歳に。

 大魔術学校ルーン中等部へと進学した。


 夕暮れ時。スープがことことと煮える小屋で、コロウがふと口を開いた。


 「もうすぐ飯ができる。手伝ってくれぇ」


 「はーい」


 本を棚に戻し、カイラは軽い足取りで台所にやってくる。

 だが、コロウの顔はどこか硬かった。


 「カイラ、お前に……伝えねばならんことがある」


 手に持っていたスプーンをぎゅっと握りしめ、彼は深く息をついた。


 「おじさん……? どうしたの?」


 「……お前の母親のことだ」


 「……!」


 それは、いくら聞いても教えてくれなかった話。カイラの瞳に緊張が走った。


 「お前の母親の名は、ルーシェ。かつて俺と共に魔王を討伐した仲間だった」


 「冒険の最中にお前を産み……そして魔王との最終決戦で命を落とした」


 「だが、魔王は最後に“禁忌魔法”タイムトラベルを使い、未来へと逃れた」


 「……」


 「ルーシェは最期の瞬間、お前を俺に託した」


 「……なんで今になってその話を?」


 「お前が……強くなったからだ。もう、すべてを背負うだけの力を持っている」


 「魔王は……今も、生きてるの?」


 「多分な」


 カイラは膝に乗せた手をぎゅっと握り、拳に力を込めた。


 ──翌日。

 大魔術学校ルーン 中等部 Aクラス。


 「おはよう、カイラ」


 陽気なクラスメイト、アレンの声にカイラはゆっくりと顔を上げた。

 いつも元気な彼も、今日はどこか沈んでいる。母親のことを気にしてくれているのだろう。


 「……よう」


 「おはよ、カイラ! はい、これ!」


 八百屋の娘・アリスが差し出したのは、育てたばかりの果実。


 「商品持ってきて大丈夫なのか?」


 「大丈夫、大丈夫! 朝ごはん食べてないでしょ? これで元気出して! 辛いときは、私たちが話、聞くからさ!」


 「おはよう、カイラ! 調子はどうだ?」


 ガラガラと教室の扉が開き、ギャバットとカノンが姿を現した。


 カイラはふと、窓の外を見つめた。


 (そうだ……まだ、守るべき日常がある。守るべき、エルフたちが……)


 「どうした?」


 アレンが不思議そうに尋ねる。


 カイラはひとつ深く息を吸い、答えた。


 「……なんでもない。ただ、もっと強くならなきゃって思っただけだよ」

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