大魔術学校ルーン 高等棟Aクラス
「ギャバット、アリス、遅くないか?」
カイラが眉をひそめ、周囲を見回した。
「っと、もう授業始まるぞ。どうしたんだろうな」
ギャバットも時計を見ながら首を傾げる。
――ガララ。
教室の扉が開き、サングラスに髭面の大男が入ってきた。
ラー先生。見た目は強面だが、そのフレンドリーな性格と熱意で生徒からの評判は上々だ。
「アリスが遅刻か……? 珍しいこともあるんだな」
「少し席を外します!」
カイラは立ち上がるや否や、教室を飛び出した。
「おい、欠席扱いになるからな!」
ラーが声をかけたが、カイラは振り返らずに廊下を駆け抜けた。
大魔術学校ルーン 高等棟 校舎裏
「ねぇ、アリスゥ……痛い目、遭いたいの?」
薄笑いを浮かべる派手な女子生徒たちが、アリスを壁際に追い詰めていた。
三人。どれも目つきが悪く、制服を乱した典型的な不良だ。
「みんな、あんたのことムカついてるの。だから、さっさとこの学校辞めてくれない?」
「あははははっ!」
嘲笑が響く。
そのうちの一人が、アリスの首元を乱暴に掴んだ。
「なんとか言えば〜? 無口だと、もっと痛いことになるよ?」
「やめて……やめてよぉ……」
アリスのか細い声は、冷たい壁に吸い込まれて消えた。
1時間後 高等棟Aクラス 2時間目・休み時間
「見つかったか?」
ギャバットが駆け戻ってきたカイラに尋ねる。
「いや……いない」
教室は休み時間に入り、生徒たちはざわめきながら談笑している。
――ガララ。
そのとき、教室の扉が開いた。
立っていたのは……ボロボロの制服、膝に擦り傷、うつむいたまま震えるアリスだった。
「おい、それ……どうした」
カイラが駆け寄り、顔を覗き込む。
「な、なんでもないの。ちょっと転んで怪我しただけ……」
嘘だ。誰が見ても明らかだった。
こんなアリスは、今まで一度も見たことがなかった。
「アリス……」
ギャバットも声をかけるが、アリスは目を伏せたままだ。
「全部、わかった。今日は帰れ」
カイラの目が据わっている。「俺が何とかする。必ずな」
アリスは、そっと耳打ちした。
「……カイラ。お願いだから……殺しはやめてね。私にも悪いところが、あるから……」
「分かってるさ」
カイラは微笑んだ。が、その目に宿る炎は消えていなかった。
放課後 帰り道
夕日が傾く王都の空を見上げながら、カイラとギャバットは校門を後にする。
「アリスをやった奴らの正体、だいたい検討はついてる」
カイラの声は低く、怒りが滲んでいた。
「やっぱ、うちのクラスの不良か……」
ギャバットが渋く頷く。
「殺すか?」
「もちろん。水神リヴァイアサン」
――ドヒューン!
空が震えた。
次の瞬間、カイラの背後に、巨大な水の神――リヴァイアサンが顕現し、その体をうねらせながら天へと舞い上がった。
「おいおいマジかよ、たかがクラスメート三人始末するのに神召喚か? 相変わらずイカれてんな……」
カイラは次元すら超えて神々を従える男。その力は、アルタイル王国でも随一とされる。
「三人とも、同じ場所に固まってるな……見つけた」
空の遥か上から、王都の一角を見下ろす。
不良女子生徒たちは、他の不良仲間と共にたむろしていた。
「三人だけ始末しに行くのも面倒だ……リヴァイアサン、あの一帯の街ごと、地図から消し去れ」
――ヒューン!
水神の喉奥が光り、砲口が開いた。
放たれたのは、圧縮された水分からなる巨大なキャノン砲だった。
「な、なにあれっ!?」
「こっち来る!? にげろぉおお!」
街には悲鳴と怒号が響き渡る。
「ああ、そうだ……その声だ。その絶望が、最高に気持ちいいんだ」
――ドォォォン!!
地響きが鳴り、街の一角が根こそぎ抉り取られた。
ただの更地すら残らず、そこには虚無の空間だけがぽっかりと口を開けていた。
カイラは高鳴る心臓に手を当てた。
「お掃除完了、だ」
――ヒュン。
リヴァイアサンが静かに消え、彼は地上へと降り立つ。
「気は済んだか?」
ギャバットが腕を組みながら尋ねた。
「ああ。もう、最高の気分だ」