一週間後、大魔術学校ルーン 大広間
この学園に来てから一週間。
幸いなことに、いまのところ王子たちに危険は及んでいない。だが、平穏という言葉が似合わない世界であることに変わりはなかった。
「おい、見ろよ。人間がいるぞ(笑)」
乾いた嘲笑が響いた。
声の主は、腕に白いバンドを巻いた三人の学生。
どれも、どこか鼻につく雰囲気を漂わせている。
「あ? なんだよ、お前ら」
俺――浪野悠が鋭く言い返すと、彼らの顔から笑みが消えた。
「なんだ、その言い方は。家畜のくせに」
目が変わった。途端に、三人は腰に差していた剣に手をかけた。
「俺たちは貴族だぞ? 家畜風情が、この学園に足を踏み入れたことを後悔させてやるよ、探偵」
……なるほど。白いバンド。あれは、家系による特権階級を示す印か。エルフの中でも、より“選ばれし血筋”ってわけだな。
「へぇ……やるなら来いよ。後悔すんのはそっちの方だ」
「おらぁッ!」
ひとりが叫び、剣を振り上げた。
風を裂いて、刃が俺の首元に向かってくる――。
「おっと」
身をひるがえし、ぎりぎりでかわす。剣筋を読んだ上での、最小限の動作だった。
「バカタレがぁッ!!」
拳が鳴る。
鈍い音を立てて、俺の拳がそいつの顎をとらえた。
「ぐっ……!」
そのまま胸ぐらを掴み上げて――。
「オラァ!」
――ドゴッ、ドゴッ!
拳を叩き込む。怒りでも義憤でもなく、ただ的確に、的確に潰す。
「お、おい! よせっ!」
残りの二人が後ずさりながら叫んだ。
「次は……お前ら二人だなぁ」
低く、冷たい声で睨みつけると、二人の顔がみるみる青ざめた。
「わ、わるかった! な? だから、許してくれ!」
捨て台詞もなく、貴族の学生たちは逃げるように大広間を後にした。
「すたたたたっ!」
……小物だったな。
「……あんた、なかなかやるな」
静かに近づいてきたのはカイラだった。
その瞳に浮かんでいたのは、驚きというよりも、どこか感心の色だった。
「仕事柄、こういう輩とやりあうのは日常みたいなもんでな」
「さすが探偵だよ」
と、そこへ――。
「おーい! カイラー! そろそろ六時間目始まるよー! 一緒に行こー!」
アリスの声が広間に響いた。
無邪気に手を振りながら駆け寄ってくる。
「もうそんな時間か。わかった、行こう」
カイラは悠に向き直り、声を潜める。
「そうそう、クライスはこれから二週間、ハッタン王国へ会談に向かう。だが、この期間に海賊どもが襲撃を仕掛けてくる可能性が高い」
「……つまり、その間の警護任務ってことか」
「頼む。お前にしか任せられない」
悠はひとつ頷いた。
「任せてくれ。絶対に、やらせはしない」