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第44話

12月30日 ハッタン王国 近海


――ブォォォォ……


重々しい汽笛が、海を震わせるように響いた。

それは、五時間前に王都を出航した豪華客船の到着を告げる音だった。


出航時、王族クライスを乗せたその船は、港に集まった無数の市民の歓声に見送られながら、ゆっくりと沖へ向かって進み出していた。


「……む……寝てないぞ……zzz……」


客室のソファにもたれかかるように座るクライスは、まぶたを限界まで持ち上げたまま、今にも眠りに落ちそうだった。

長旅と会談の緊張に、疲労がじわじわと体を蝕んでいる。


「おいおい、寝るなって。もうそろそろ着くぞ」


クリスが呆れたように言うと、クライスは大きく両腕を広げ、背筋を伸ばして立ち上がった。


「んー……あぁ、悪い……少し意識が遠のいてた」


――ブォォォ……。


またも汽笛が鳴る。


「……着いたみたいですね……うぇぇ……」


呻くような声と同時に、ひとりの男が膝から崩れ落ちた。

メントだ。甲高い嘔吐音とともに、彼は床に盛大に吐き散らした。


「うおっ、なんだお前! 汚ねぇな!」


クリスが眉をしかめる。

メントは口元を押さえ、脂汗を浮かべながら、か細い声を漏らした。


「す、すみません……船はどうにも不慣れでして……」


「……まぁいい。行こうか」


クライスの一言で、三人は客室を後にした。


今回の会談の議題は、いま勢力を拡大し続けている《ティード海賊団》への対策について。

両国にとって、放置できない脅威だ。


ギギギギ……


ゆっくりと客船のタラップが降りる。

陽光と砂風がぶつかる中、三人は慎重に船を降りた。


「うっ!」


メントが思わずうめく。

吹きつけた砂風に目をやられ、顔をしかめた。


目をしょぼしょぼさせながらようやく見開いたその視界には――

どこまでも続く砂の大地が広がっていた。


「ようこそ、我がハッタン王国へ」


響いたのは、堂々たる声だった。

全身を黄色い甲冑で固めた兵士三名を従え、ひときわ威厳を漂わせた男が立っていた。


「二年ぶりだな、クライス」


「生きて会えて嬉しいよ、フロスト」


――フロスト王。砂の王国を統べる主であり、クライスとは旧知の仲である。


「馬車が待っている。こっちだ!」


ヒューーーー……


乾いた砂風が遠吠えのように吹きつける中、クライスたちはフロスト王と共に、会談の地へと向かった。



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