12月30日 ハッタン王国 近海
――ブォォォォ……
重々しい汽笛が、海を震わせるように響いた。
それは、五時間前に王都を出航した豪華客船の到着を告げる音だった。
出航時、王族クライスを乗せたその船は、港に集まった無数の市民の歓声に見送られながら、ゆっくりと沖へ向かって進み出していた。
「……む……寝てないぞ……zzz……」
客室のソファにもたれかかるように座るクライスは、まぶたを限界まで持ち上げたまま、今にも眠りに落ちそうだった。
長旅と会談の緊張に、疲労がじわじわと体を蝕んでいる。
「おいおい、寝るなって。もうそろそろ着くぞ」
クリスが呆れたように言うと、クライスは大きく両腕を広げ、背筋を伸ばして立ち上がった。
「んー……あぁ、悪い……少し意識が遠のいてた」
――ブォォォ……。
またも汽笛が鳴る。
「……着いたみたいですね……うぇぇ……」
呻くような声と同時に、ひとりの男が膝から崩れ落ちた。
メントだ。甲高い嘔吐音とともに、彼は床に盛大に吐き散らした。
「うおっ、なんだお前! 汚ねぇな!」
クリスが眉をしかめる。
メントは口元を押さえ、脂汗を浮かべながら、か細い声を漏らした。
「す、すみません……船はどうにも不慣れでして……」
「……まぁいい。行こうか」
クライスの一言で、三人は客室を後にした。
今回の会談の議題は、いま勢力を拡大し続けている《ティード海賊団》への対策について。
両国にとって、放置できない脅威だ。
ギギギギ……
ゆっくりと客船のタラップが降りる。
陽光と砂風がぶつかる中、三人は慎重に船を降りた。
「うっ!」
メントが思わずうめく。
吹きつけた砂風に目をやられ、顔をしかめた。
目をしょぼしょぼさせながらようやく見開いたその視界には――
どこまでも続く砂の大地が広がっていた。
「ようこそ、我がハッタン王国へ」
響いたのは、堂々たる声だった。
全身を黄色い甲冑で固めた兵士三名を従え、ひときわ威厳を漂わせた男が立っていた。
「二年ぶりだな、クライス」
「生きて会えて嬉しいよ、フロスト」
――フロスト王。砂の王国を統べる主であり、クライスとは旧知の仲である。
「馬車が待っている。こっちだ!」
ヒューーーー……
乾いた砂風が遠吠えのように吹きつける中、クライスたちはフロスト王と共に、会談の地へと向かった。