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第46話

ハッタン城・王宮


カラカラカラ――

銀の車輪が床を滑り、紅茶の香りとともにエルフのメイドが入室してきた。

その手には湯気を立てる急須があり、テーブルの脇に控えると一礼する。


広間の中央には円卓。フロスト王、クライス、ダイカンらが椅子を並べていた。


「では……ティード海賊の件について話を進めよう」


フロストが口を開いた、その刹那――


ドオォォンッ!!!


壁が爆ぜ、重厚な窓ガラスが粉々に砕け散る。

頭上から、巨大な木槌を手にした大男が舞い降りた。

ドシンッ! 鈍い衝撃音とともに、男の体が円卓に着地する。


「げへへへ……海賊の話だってぇ? 俺様も混ぜてくれよおお!!」


クライスが身を起こし、じっと男を見据えた。


「……ティードの団員じゃないな。貴様、別の海賊か」


男は口角を吊り上げて叫ぶ。


「その通り! 俺様の名はゲイル!」


フロストが目を細め、鋭く言い放った。


「仲間の姿が見えんが……無謀にしては過ぎるぞ」


しかし、ゲイルはにやりと笑うと、コートの内ポケットに手を突っ込んだ。


「そいつはどうかな? これが目に入らねぇか、王様共――!」


男が取り出したのは、生首だった。

丸くて大きな、その首からは赤い血がポタポタと滴り落ちる。


フロストの顔が凍りついた。


「……これはまずい」


クライスの声が重くなる。


「あれは……まさか、この国の……」


ゲイルは誇らしげに叫んだ。


「砂の獣バースの首だ!」


血が、テーブルを伝って床に落ちる。

ぴちゃ……ぴちゃ……と音が、静寂の中に響いた。


「……あれが死ねば、この国の加護は絶たれる」

ダイカンが唸る。「今や、微弱な結界しかこの国を守れなくなる」


フロストが怒気を含ませた声で詰め寄る。


「どうやって、バースの眠る部屋にたどり着いた? あの大魔法使いサダベルですら破れなかった結界を……!」


ゲイルは笑いながら答えた。


「そんなもん、俺様がちょちょいのちょいでブッ壊してやったわ!」


バース――巨大な羊の姿をした伝説の魔獣。

百年前、突如ハッタン王国に降り立ち、先王と契約を交わした存在。

その身をもって王国に加護を与え、地下三十階の最奥にて長い眠りについていた。


「さて……お前、かなりの強さだな?」


クライスがにやりと笑みを浮かべ、腰を上げる。


「油断するな!」

フロストが叫んだ。「奴の魔法、まだ不明だ!」


「バースト!」


ゲイルが叫ぶと、全身に透明な膜のような魔力が現れ、彼の肉体を包み込んだ。


「総員、戦闘配備!!」

フロストの怒号が響く。


「ハッ!」


兵士たちが武器を構えた、その瞬間――

ゲイルが消えた。


次に現れたのは、フロストの背後。

振り上げられる木槌。


「うぉおおっ!」


フロストの身体が一変する。

皮膚が硬質な鱗に覆われ、巨大なトカゲ――否、竜人の姿へと変貌した。


「どらあああっ!!」


ゲイルの木槌が唸りを上げて振り下ろされる。

フロストは両腕でそれを受け止めた。


「ぐっ……なんという力だ……!」


「奴の魔法……物理攻撃の威力を限界まで高める術か」

クライスが冷静に見抜く。


「それに奴自身の筋力も桁違いだ」

ダイカンが薙刀を抜いた。


「まだまだぁ! おらぁっ!」


ゲイルが再び木槌を振るう。


「調子に乗るなよ……俺の“竜の力”を、なめるな!」


フロストが拳を握りしめ、木槌に迎え撃つように殴りかかった。


バァンッ!!!


拳と木槌が激突し、爆風が広間を覆った。


「このまま好き勝手にやらせるかよ!」


ダイカンが咆哮し、ゲイルに薙刀を振るう。


しかし――


「おいおい、冗談だろう……」


刃は、ゲイルの腹に直撃したにも関わらず、まったく通らなかった。


「なんという防御力だ……攻撃だけでなく、防御力までも上昇しているのか」


クライスが剣を抜いた。


「――ダイス。ビームで奴を打ち砕け」


空に、巨大なサイコロの神獣が浮かび上がる。

一つ一つのマス目が眼球へと変化し、閃光が迸った。


ドォーンッ!!!


「ぐおおあああっ!」


ゲイルの身体が爆風に巻かれ、フロストとダイカンもろとも吹き飛んだ。


「撃つなら言え……っ!」

フロストが叫ぶ。


「相変わらず大胆な男だ」

ダイカンが苦笑した。


「見ろ」

クライスが指差す先で、ゲイルの動きが鈍っていた。


「さすがに効いてるようだな……!」


「このチャンスを逃すわけにはいかん!」


「――あぁ!」


フロストが一気に踏み込み、渾身の一撃を叩き込む。

ゲイルの身体が大窓を突き破り、中庭へ吹き飛ばされた。


「ぐはぁああっ!!」


ダイカンの声が轟く。


「――行くぞ! 炎波!!」


背後に現れたのは、灼熱の溶岩の大波。

それが、ゲイルの頭上に迫る。


「な、に……!?」


「ぐああああああっ! あちぃぃぃい!!」


炎に包まれ、ゲイルの体がのたうつ。

地面に到達した瞬間、溶岩は煙のように霧散したが、ダメージは絶大だった。


「……お前の目的は何だ?」

クライスが問いかける。


「砂の獣を喰って、力を奪う気だったのか?」


この世界の“魔法”には、二つの習得法が存在する。

書物と訓練により魔法を学ぶ正道。そして、魔獣や魔法使いの肉体を喰い、魔力を無理やり体に刻み込む邪道――


「その通りだ。あの化け物の魔法と魔力……それがあれば、ティードに勝てる」


「ティードに、勝ちたい?」


「この世界に支配者は二人もいらねぇ! 俺様ただ一人で充分なんだよぉ!」


ゲイルの身体が再び魔力を纏う。


「転移魔法――“サウス”!」


シュンッ――

その姿は、霧のように掻き消えた。


「……逃げられたか。首も持ち去られたな」


「胸騒ぎがする」

クライスがつぶやいた。「これは、大きな戦の前触れだ。そんな気がする」


「お前の予感は当てにならんが……今回は、同感だ」

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