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第47話

 翌日 大魔術学校ルーン 体育騎室


 朝の冷たい空気が、天井の高い体育騎室に薄く漂っていた。今日は終業式。生徒たちはきちんと並んで校長の言葉を待っている。俺はというと、王子や王女たちとともに、教員陣の後ろに控え、彼らの様子を見守っていた。


 壇上に立ったのは、担任教師のローザだ。朗らかな声が、広い体育騎室に響く。


 「では、サダベル学園長先生から最後の一言を頂きます。学園長、よろしくお願いします」


 ローザの言葉を受けて、ゆっくりとサダベルが登壇する。

 その瞬間、王子のガルルが大きな欠伸をかました。


 「ふわぁ……」


 サダベルがまだ一言も発していないというのに。隣の王女サナが肘で小突く。


 「寝ちゃだめだよ、お兄ちゃん。お城帰ってからお昼寝してね」


 「分かってるって……」


 その後、長くも眠気を誘う校長の話が続き、約二十分後――ようやくサダベルの言葉が締めに入った。


 「では皆さん、良い冬休みを」


 だがその頃には、すでに何人もの生徒が立ったまま眠りこけていた。王族たちすらも目を閉じており、教師陣も苦笑いだ。


 カーン、カーン――

 正午を知らせる鐘が鳴ると、生徒たちはぞろぞろと帰路についた。


 正午 学園中庭


 「アレン、飯でも行かないか?」

 カイラが気軽に声をかける。


 「いいね、行こうか」

 アレンは頷いた。


 「ギャバットはどうする?」

 「わるい、今日は親父の手伝いでスモーク山まで薪割りに行かなきゃならん」

 「そっか、頑張ってな」

 カイラは肩を軽く叩く。


 「アリスたちは?」

 「ごめんね! 今日はカノンと服屋さん行くの!」

 アリスは手を振りながら離れていった。


 「……結局俺らだけか」

 「そうみたいだね」

 二人は肩をすくめながら歩き出した。


 正午 学園長室


 俺はサダベルに呼び出されていた。冬の日差しが窓から差し込む室内で、サダベルは机の向こうから穏やかに微笑んだ。


 「さて、短い期間だったが、君は本当によくやってくれた。感謝しているよ、探偵君」


 「何も起きなくてよかったよ。王子たちも、今のところは問題なさそうだし」


 「まったく、その通りだ」


 サダベルは立ち上がり、やかんに水を注ぎながら口を開いた。


 「実は、クライスが話していないことがある。君に、それを伝えたいと思ってね」


 「……どういう意味ですか?」


 「紅茶を淹れよう」

 その言葉と共に、湯が静かに沸き始める。


 「君の世界の人間たちが、ティード海賊団に誘拐されている。この事実は、我々の世界でも問題視されている。だが……一方で、人間を“食料”として扱う家庭もある」


 サダベルはティーカップを並べながら、静かに続けた。


 「だがな、探偵。みんながそうではないんだ」


 「……そうかもな」


 「君が恋人をさらわれ、怒るのは当然だ。だがその怒りを、間違った方向に向けるな。怒るべきは海賊、そしてその人間を買った者たちだ」


 サダベルは湯気の立つカップを差し出した。


 「ティード海賊団には、アジトとなる島がある。“ケッカイ島”だ。誘拐された人間は、まずそこに護送される」


 「まさか……そこに雪が?」


 「だが、さらわれてからすでに時間が経っている。今はもう、別の場所……あるいは、誰かの“所有物”になっているかもしれない」


 サダベルの目が静かに細められる。


 「クライスは、君を“駒”として使っている。かつて君がティードとの交換材料にされたことがあるはずだ。それが根拠だよ」


 「……!」


 「いいか、覚えておけ。今の君にとって、この世界に“本当の味方”などいない」


 ――その言葉は、重かった。


 「君が今すべきことは、ケッカイ島を調査し、潜入すること。そして、もしそこにいなければ……その先は、“魔国ジーン”だ」


 「魔国ジーン? それは……?」


 「この世界には三つの主要種族が存在する。我々エルフ、君たち“人間”、そして……魔族」


 「魔族……」


 「魔族は凶暴で、争いと力を好む種族だ。赤い肌と、頭に生えたツノが特徴。彼らが暮らす国、それが魔国ジーン。誘拐された人間の多くが、そこで取引されている」


 カップの中の紅茶は、すでに冷めかけていた。俺は立ち上がった。


 「行く気か?」


 「……行かなきゃ。一生、後悔する」


 そうだ。

 たとえ一%の可能性でも、雪が生きているなら――俺は賭ける。

 必ず取り返してみせる、この手で――!

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