翌日 大魔術学校ルーン 体育騎室
朝の冷たい空気が、天井の高い体育騎室に薄く漂っていた。今日は終業式。生徒たちはきちんと並んで校長の言葉を待っている。俺はというと、王子や王女たちとともに、教員陣の後ろに控え、彼らの様子を見守っていた。
壇上に立ったのは、担任教師のローザだ。朗らかな声が、広い体育騎室に響く。
「では、サダベル学園長先生から最後の一言を頂きます。学園長、よろしくお願いします」
ローザの言葉を受けて、ゆっくりとサダベルが登壇する。
その瞬間、王子のガルルが大きな欠伸をかました。
「ふわぁ……」
サダベルがまだ一言も発していないというのに。隣の王女サナが肘で小突く。
「寝ちゃだめだよ、お兄ちゃん。お城帰ってからお昼寝してね」
「分かってるって……」
その後、長くも眠気を誘う校長の話が続き、約二十分後――ようやくサダベルの言葉が締めに入った。
「では皆さん、良い冬休みを」
だがその頃には、すでに何人もの生徒が立ったまま眠りこけていた。王族たちすらも目を閉じており、教師陣も苦笑いだ。
カーン、カーン――
正午を知らせる鐘が鳴ると、生徒たちはぞろぞろと帰路についた。
正午 学園中庭
「アレン、飯でも行かないか?」
カイラが気軽に声をかける。
「いいね、行こうか」
アレンは頷いた。
「ギャバットはどうする?」
「わるい、今日は親父の手伝いでスモーク山まで薪割りに行かなきゃならん」
「そっか、頑張ってな」
カイラは肩を軽く叩く。
「アリスたちは?」
「ごめんね! 今日はカノンと服屋さん行くの!」
アリスは手を振りながら離れていった。
「……結局俺らだけか」
「そうみたいだね」
二人は肩をすくめながら歩き出した。
正午 学園長室
俺はサダベルに呼び出されていた。冬の日差しが窓から差し込む室内で、サダベルは机の向こうから穏やかに微笑んだ。
「さて、短い期間だったが、君は本当によくやってくれた。感謝しているよ、探偵君」
「何も起きなくてよかったよ。王子たちも、今のところは問題なさそうだし」
「まったく、その通りだ」
サダベルは立ち上がり、やかんに水を注ぎながら口を開いた。
「実は、クライスが話していないことがある。君に、それを伝えたいと思ってね」
「……どういう意味ですか?」
「紅茶を淹れよう」
その言葉と共に、湯が静かに沸き始める。
「君の世界の人間たちが、ティード海賊団に誘拐されている。この事実は、我々の世界でも問題視されている。だが……一方で、人間を“食料”として扱う家庭もある」
サダベルはティーカップを並べながら、静かに続けた。
「だがな、探偵。みんながそうではないんだ」
「……そうかもな」
「君が恋人をさらわれ、怒るのは当然だ。だがその怒りを、間違った方向に向けるな。怒るべきは海賊、そしてその人間を買った者たちだ」
サダベルは湯気の立つカップを差し出した。
「ティード海賊団には、アジトとなる島がある。“ケッカイ島”だ。誘拐された人間は、まずそこに護送される」
「まさか……そこに雪が?」
「だが、さらわれてからすでに時間が経っている。今はもう、別の場所……あるいは、誰かの“所有物”になっているかもしれない」
サダベルの目が静かに細められる。
「クライスは、君を“駒”として使っている。かつて君がティードとの交換材料にされたことがあるはずだ。それが根拠だよ」
「……!」
「いいか、覚えておけ。今の君にとって、この世界に“本当の味方”などいない」
――その言葉は、重かった。
「君が今すべきことは、ケッカイ島を調査し、潜入すること。そして、もしそこにいなければ……その先は、“魔国ジーン”だ」
「魔国ジーン? それは……?」
「この世界には三つの主要種族が存在する。我々エルフ、君たち“人間”、そして……魔族」
「魔族……」
「魔族は凶暴で、争いと力を好む種族だ。赤い肌と、頭に生えたツノが特徴。彼らが暮らす国、それが魔国ジーン。誘拐された人間の多くが、そこで取引されている」
カップの中の紅茶は、すでに冷めかけていた。俺は立ち上がった。
「行く気か?」
「……行かなきゃ。一生、後悔する」
そうだ。
たとえ一%の可能性でも、雪が生きているなら――俺は賭ける。
必ず取り返してみせる、この手で――!