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第48話

スモーク山

任務をひとまず終え、俺は元の世界へ帰る決断を下していた。


「それじゃ、一旦戻る」


ワームホールの前でそう告げると、カノンがぴょこんと片手を挙げて言った。


「お気をつけて! くれぐれも人間にこの世界のことを話しちゃダメだからね!」


「わかってるさ」


俺が「繋がれ」と呟くと、目の前の空間が波打ち、淡く光る円形の門が現れた。行き先は、俺の探偵事務所──あの馴染みあるドアの前だ。


カノンが首を傾げながら言った。


「ねぇ、“繋がれ”って、ちょっと単純すぎない?」


「そうか? シンプルで気に入ってるんだけど」


「うーん……せっかくならもうちょっと技名っぽくしてもよくない? “リンク”とか?」


「リンク?」


「“繋げる”って、そっちの世界の英語では“リンク”っていうでしょ? かっこいいと思うな」


「……確かに、悪くないかもな」


苦笑しながら頷くと、俺はワームホールの中へ足を踏み入れた。


「久しぶりの現世だな……」


ガチャリ、と扉を開けると、いつもの事務所の空気が流れ込んできた。


「おかえり。一体どこで何をしていたんだい?」


飛鳥所長が珍しくデスクに向かって作業していた。


「……あ、所長。久々ですね」


「まあいい。それより、釜野くんが訪ねてきてね。君に用があるらしいよ」


「えっ、マジですか?」


慌ててポケットからスマホを取り出す。画面には20件の不在着信。そのほとんどが姫川と釜野からだったが、見知らぬ番号も五件あった。


──どうやら、異世界ではやっぱり携帯は繋がらないらしい。


そこへドアが勢いよく開いた。


「やっとお出ましか、この重役出勤野郎」


現れた釜野が、俺の胸ぐらを掴んできた。


「……い、いや、悪かった。ちょっと急な仕事でな」


「ほう、そうかそうかって言うと思ったか?」


「なんもしてねぇよ」


「まさかとは思うが、まだあの誘拐事件を調べてるんじゃねぇだろうな。あれはもう捜査対象外だ。ちゃんと上層部の許可を取ったのか?」


「……お前に関係ねぇだろうが」


そのとき、部屋の扉が開き、姫川がコーヒーカップを二つ手にして顔を覗かせた。


「失礼しまーっす!! ……あ、取り込み中でしたか?」


「外してくれ、姫野」


姫野が部屋を出た直後、背後から重厚な声が響いた。


「おいおい、何をやってるかと思えば……君が噂の探偵か」


髭面の長身男がゆっくりと歩み寄ってきた。Yシャツにノーネクタイというラフな出で立ちだが、その目はただ者ではない。


「誰だ?」


「山田っちゅう刑事だ」


釜野が驚愕の声を漏らす。


「や、山田さん……」


「釜野、お前が規則に忠実なのは悪くない。だが、誘拐事件を放置してる上層部の“規則”に従って、本当に正義が守れると思うか?」


釜野の肩を軽く叩きながら、山田は俺の方を振り向いた。


「ちょっと探偵を借りるぞ。話がある」


俺たちは静かな廊下を並んで歩いた。ふと横目で彼の顔を見た。鋭く研ぎ澄まされた目は──まるで、ティードやクライスのそれに似ていた。


喫煙室の扉を開けた山田が訊いた。


「お前、吸うのか?」


「あ、あぁ。吸います」


ボロボロのタバコ箱を取り出し、一本を咥えながらライターを差し出した。


「使いますか?」


「お、悪いな」


山田が煙を吐き出すと、しばしの沈黙が訪れた。


「……お前、誘拐事件を追ってるんだろ?」


「……!」


すべてを見透かされたような気がして、背中に冷たい汗が流れた。


「実は俺もだ」


「えっ……」


「警視庁の上層部は、何かを隠している。いや、はっきり言おう。俺は奴らが“犯人グループの一員”だと考えてる」


「まさか……」


だが、その言葉に否定しきれない根拠が頭をよぎる。ティードたちは次元を超える力を持っている。ガウスやレガースの力だ。やつらがこの世界に入り込み、“警察幹部”に化けていたとしたら……?


──こちらの捜査情報も、すべて筒抜けじゃないか。


「そこでだ。君に頼みたい任務がある。この報告書を警視庁の窓口に提出してほしい」


そう言って、山田は封筒を差し出した。


「中には小型の録音機が仕込んである。窓口に“岡本”という、気だるそうな女刑事がいる。彼女は俺の内通者だ。俺からも連絡は入れておく。この録音機を局長室のコンセントに取り付ける。なんとかして、証拠を掴むんだ」

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