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第49話

警視庁 一階受付窓口

ざわつく空気が漂う警視庁の受付フロアは、どこか冷たく、時間が止まったような空間だった。


俺は一階へ降り立ち、岡本という女性刑事を探し始めた。

無数に並ぶ窓口ブースを通り過ぎるたび、警察官たちの声や足音が反響し、どこか遠くに感じられた。


――その時、耳元で低い囁きが聞こえた。


「……屋上で待ってる」


ハスキーな声。そのまま俺の脇を、小柄で丸眼鏡をかけた女性が通り過ぎていく。何気ない仕草だが、ただならぬ気配を放っていた。


――あれが、岡本か。


俺は一度深呼吸し、彼女とは別のエレベーターに乗り込んだ。


警視庁 屋上

冷たい風がビルの間を抜けて吹きつける中、彼女は無言で缶コーヒーを開けた。


「ようやく来たようね、探偵君」


淡々とした声色だった。

俺は懐から封筒を取り出し、歩み寄る。


「……あんたが岡本さんか? 山田刑事からの伝言だ。ここに長居はできない、ブツを渡す」


彼女は無造作に封筒を受け取り、手際よく中身を確認する。


「確かに、受け取ったわ」


「ところで……あなた、誘拐事件を単独で追っているの?」


俺は短くうなずいた。


すると岡本は、ふと視線を遠くにやりながら、こう続けた。


「そう。じゃあ、うちの部署に来る気はない? 私と山田刑事で立ち上げた特別調査班。あなたの経歴もざっと調べさせてもらったけど、正直――かなり乱暴だけど、期待してる。山田さんも最初から、あなたと組みたがってた」


その言葉に、一瞬だけ心が揺れた。


だが――無理だ。異世界のことに触れれば、俺は石になる。

この身体にかけられた呪いが、それを許さない。


「……悪いけど、遠慮しとく」


「そう。残念ね」


彼女はコーヒーを一気に飲み干すと、何も言わずにその場を去っていった。


飛鳥探偵事務所

「はぁ……ただいま戻りました……」


ドアを開けた瞬間、全身から力が抜けた。精神的にも限界が近い。

それなのに――


「お疲れ様。残念だけどね、浪野くん」


所長の声が冷たく響いた。


……やめてくれ。もう、これ以上の爆弾はいらない。


「ここ最近、事務所の仕事は放りっぱなし。警察にもマークされてるとか。君は一体どこまで誘拐事件に関与している? もしかして――誘拐された子供たちを一度見ているのでは?」


ズキンと胸を突かれた。まさか、ここまで見抜かれていたとは……。

頭が真っ白になる。何か言わなくちゃいけないのに、言葉が出てこない。


「……」


沈黙が重く空気を圧迫する中、所長はゆっくりと立ち上がった。


「さて。もう、興ざめだ。あーあ、人間ってのは、やはりその程度だったんだね」


コツ、コツ……と足音を響かせ、俺の目の前に立つと、低く呟いた。


「変身魔法――解除」


ふわりと、所長の姿が溶けるように変わっていった。

黒装束、鋭い目元、尖った耳……その姿は、人間ではなかった。


俺は即座にポケットに手を突っ込み、拳銃を抜いて構えた。


「……あんた、一体何者だ!」


「私はロイス。魔王討伐メンバーの一人よ」


信じがたい名が、その口からあっさりと出た。


「ずっと見てきたわ、あなたの活躍を。期待していたの。……ええ、最初から」


「本物の所長はどこだ、答えろ!」


ロイスはくすりと笑うと、柔らかく頷いた。


「二十年前、魔王を倒したあと、不老の魔法書を見つけた。そして"世界を繋ぐことのできる少年"のせいで、私はこの世界に迷い込んだの」


「それから長い間、山奥で身を隠していた。人間社会に溶け込む術を学びながら。そして八年前……東京に来て、飛鳥とかいう探偵を殺し、成り代わった」


あまりにも淡々と語るその言葉に、俺は銃口を震わせながら問い返した。


「じゃあ……最初から、本物の所長なんて、いなかったのか……」


「そういうことね」


「なぜ、今になってそれを明かした?」


ロイスは杖を取り出し、無言で俺に向ける。


「あなたが、もう限界に見えたからよ。私はこの誘拐事件に興味はない。でも――海賊も警察も魔族も、今のあなたには既に王手をかけている。次に変な動きをすれば、即座に警察が動くわ」


「だから助けてあげる。少しだけね」


ロイスは杖を大きく振り上げ、ひゅん、と風を切る音が鳴った。


その瞬間――


「う……っ! 体が、軽い……?」


「君にかけられていた“呪法ベベル”を除去したの。ヴェンデッタの魔法は強力だったけれど、私なら何とかできたわ」


信じられない。あの忌々しい呪いが――消えている。

俺の身体から、重苦しい束縛の感覚が、跡形もなく消えていた。

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