「どうして助けてくれるんだよ」
そう問いかける俺に、ロイスはふっと視線を落とした。まつげが揺れる。やがて口元を手で隠し、くすっと笑う。
「私は人間が大切だとは思わない。ただ……この世界で、誘拐された被害者の遺族の声を聞いたの。叫ぶような、涙を絞るような、あの訴えにね。なぜか分からないけど、胸が苦しくなったのよ。止めたくなった。こんな負の連鎖を」
その言葉は、俺の心にまっすぐ届いた。
「……異世界に帰る気はないのか?」
問いかけると、ロイスは小さく笑って首を横に振った。
「遠慮しとくわ。今はね、この事務所で仕事をしてるほうが心地いいの」
彼女の口調にはどこか安らぎが滲んでいた。
だが俺には、まだやるべきことがある。警察にすべてを話さなきゃならない。異世界の存在、エルフたちのこと、この事態の全貌を暴いて、世界に知らしめるんだ。俺の力で、ゲートを通じて各国の軍隊を動かせるはず——
ピキッ。
「うあっ……!」
電流のような痛みが脳に走った。鋭く、意識が揺らぐ。頭を抱える俺の中に、誰かの声が直接響いてくる。
《聞こえますか? 探偵さん》
「カイラ……? どうして……どうやって……?」
《特定の脳に直接語りかける魔法です。詳しい説明は後にします。今は緊急事態です。単刀直入に言います。サダベル学園長がティード海賊団と手を組み、アルタイル王国を襲撃しています》
「……はぁ!? あのサダベルが……海賊と……?」
にわかには信じ難い情報に、脳が追いつかない。
《騎士団も総動員で応戦していますが、戦況は極めて厳しいです。あなたの力が必要です。今から、こちらに来ていただけますか?》
「……本当に、あんたはカイラか?」
《そんなこと言ってる場合ですか!? 信じてください!》
疑いは残るが、俺には選択肢がなかった。仲間を、王子たちを守らなければ——
「……分かった、すぐ行く」
背後から静かな声がかかった。
「行くのね、浪野君」
「……ああ。行かなきゃならない。俺の務めだから」
息を深く吸い、呟く。
「リンク」
瞬間、目の前に緑の光を帯びたゲートが開いた。そこに映ったのは——燃え上がる校舎、響く悲鳴、崩壊した学園の姿だった。
「……一体、何が……!」
愕然としながら、俺は一歩、また一歩とゲートに踏み込んだ。
***
その頃——アルタイル王国、学園長室。
サダベルは静かに木製のデスクに腰掛け、コーヒーを一口含んだ。その目が細められ、ぽつりと呟く。
「……潮時だな。出てこい」
ぬるりと空間が揺らぎ、透明だった空間からティードとレガースが姿を現す。
「わが友よ。計画通りか?」
ティードの問いに、サダベルはわずかに笑みを浮かべた。
「ああ。カイラは今、ぐっすり眠っている」
ソファの上、手足を拘束されたまま意識を失ったカイラが横たわっていた。
「探偵はこちらから誘導した。うまくいけば、既にこの世界に来ているはずだ。クライスや有力な騎士たちは、今ちょうどハッタン王国での会談中。カイラという最強の戦力も封じた。つまり——今がその時というわけだ」
ティードの口角がゆっくりと吊り上がる。
「人間どもの世界を繋ぎ、征服する好機だな?」
サダベルは立ち上がり、眼鏡を外した。
「……始めよう。革命を」