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第51話

 「……はぁ、そこにいるのは分かってるぞ。出てこい、槍兵」


 サダベルが天井を指差すと、薄く透けていた空間が揺らいだ。


 「バレちまってたか。透過魔法ってのも万能じゃねぇな」


 ダグが天井から滑り降りるように姿を現した。ヒヒッと唇を歪めて笑う。


 「何を企んでるかと思ったら、まさかクソ海賊と手を組んでたとはなぁ」


 「貴様ァ!」


 レガースが怒声を上げ、殺気と共に身を乗り出す――


 バシンッ!


 その直後、鋭く振るわれた竹槍がレガースの首を打ち据えた。


 「ぐああっ!」


 レガースが呻き声と共に後退する。


 「この情報……何としてもクライスに伝えなきゃな」


 ごくりと息をのむダグ。だが――


 「できると思うか? この状況で。二対一だぞ」


 ティードが低く笑った、その瞬間――


 ドゴォン!


 扉が蹴り破られ、煙の中から現れたのはアレンだった。


 「違うな」


 「!?」


 驚愕にサダベルが振り返る。続いて、拘束されていたはずのカイラがその背後に立っていた。


 「三対二だよ」


 カイラの剣がサダベルの喉元に突きつけられ、刃先から滴る赤い雫が床を染める。


 「驚いたな……私の睡眠魔法を、この短時間で破ったのはお前が初めてだ」


 「隊長! 冬休みはどうしたんだ?」


 ダグが口を開くと、カイラはさらりと答えた。


 「遊びに来たんだよ」


 「学園長室の扉を蹴り破る……ふむ。だが、ここで引いてくれるなら見逃してやってもいい」


 「どうする? カイラ」


 アレンがにやりと笑う。


 「断る」


 カイラの声は冷たく、そして鋭い。


 「学園長が海賊と手を組んでるんだ。学生としてじゃない――騎士団隊長として、あんたらを皆殺しにする」


 バシュン!


 カイラがサダベルに飛びかかった。


 「アレン! ギャバットとカノンと一緒に、残ってる先生たちを避難させて!」


 「任せろ!」


 アレンが廊下へと駆け出す。


 「いくらお前でも、私の魔力を侮るなよ……《ブレア!》」


 サダベルが右手をカイラの腹に当てる。


 ドンッ!


 爆発音と共にカイラの体が後方へ吹き飛んだ。


 「やはり、あなたの得意魔法は火炎系……」


 「その通り。私の青の炎で、お前を焼き尽くす!」


 サダベルが叫ぶ。


 「もはやこの学園に用はない。王やクライスは動けない。今こそ世界を繋ぎ、日本やアメリカを手に入れる時だ。そのためにティードと手を組んだ」


 「サダベルとは拉致した人間の三分の一を引き渡す約束をしている。こちらも好都合でね」


 ティードがにやつく。


 「……そういうことかよ」


 ダグは竹槍を強く握り直した。


 「ダグ、ティードの相手を頼めるか? 学園長を倒したあと、すぐに援護に行く」


 「ああ! 時間稼ぎは任せとけ!」


 「やれ、リヴァイアサン!」


 カイラの背から青い竜が飛び出し、咆哮と共にサダベルへと突進する。


 ドゴォォォン!


 学園長室の壁が崩れ、中庭へリヴァイアサンがサダベルを弾き飛ばした。


 「チッ……!」


 ティードが舌打ちした。


 「《ドルフィンズ!》」


 ダグの呪文と共に、水のイルカが二匹、ティードの周囲を回り始めた。


 「てめぇの相手はこの俺だ。投獄なんざ悠長だ。ここで処刑してやるよ!」


 「図に乗るなよ、槍兵風情がッ!」


 ティードが咆哮を上げると、その姿が歪み、巨大な狼へと変貌した。


 「変身魔法か……それ、こっちの世界の獣じゃないな。どうやって……」


 「“狼”さ。俺が人間の世界に初めて行ったとき、最初に殺した獣だ」


 「レガース、今だ! 繋げろ!」


 「了解!」


 ビュン――池袋の空に、緑色のゲートが開いた。


 「ヘッ! 何をする気だ! 《ドルフィンズ!》」


 イルカ二匹がレガースに向かって飛ぶが――


 「遅いな」


 ティードはそれを素手で捕らえた。


 ――12月31日、午後11時55分、池袋。


 人々が年越しの瞬間を待ちわび、笑顔を浮かべる中――


 1月1日、午前0時。池袋の空に、巨大なワームホールが現れた。


 「……おい、なんだあれ?」


 「え? 何が?」


 「空……ほら、あれだよ……」


 人々が空を指さす。その瞬間――


 「なぁ、槍兵。戦うなら、もっと楽しもうぜ?」


 「……何をする気だよ」


 ダグが警戒を強める。


 「こうするのさぁ――!」


 「グオオオォォォ!!」


 再び咆哮を上げ、狼と化したティードがワームホールを跳躍し、――ヒューン、と音を立てて――


 新宿の街に着地した。


 「な、なに……!?」


 ダグの呆然とした目の前で、ティードは池袋交差点の人混みへと突入する。


 「うわああああっ!!」


 「家畜共がぁ! 皆殺しにしてやる!」


 ティードは男の首を掴み、その頭部を豪快に噛みちぎった。


 「船長ォ! 連れてきたぞぉ!」


 レガース、ジャック、ヴェンデッタが次々とゲートから降り立つ。


 「きゃあああああああ!!」


 群衆が悲鳴を上げ、四方に逃げ出していく中――


 ティードは、地獄の幕開けを高らかに告げるように、不敵な笑みを浮かべていた。

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