「……はぁ、そこにいるのは分かってるぞ。出てこい、槍兵」
サダベルが天井を指差すと、薄く透けていた空間が揺らいだ。
「バレちまってたか。透過魔法ってのも万能じゃねぇな」
ダグが天井から滑り降りるように姿を現した。ヒヒッと唇を歪めて笑う。
「何を企んでるかと思ったら、まさかクソ海賊と手を組んでたとはなぁ」
「貴様ァ!」
レガースが怒声を上げ、殺気と共に身を乗り出す――
バシンッ!
その直後、鋭く振るわれた竹槍がレガースの首を打ち据えた。
「ぐああっ!」
レガースが呻き声と共に後退する。
「この情報……何としてもクライスに伝えなきゃな」
ごくりと息をのむダグ。だが――
「できると思うか? この状況で。二対一だぞ」
ティードが低く笑った、その瞬間――
ドゴォン!
扉が蹴り破られ、煙の中から現れたのはアレンだった。
「違うな」
「!?」
驚愕にサダベルが振り返る。続いて、拘束されていたはずのカイラがその背後に立っていた。
「三対二だよ」
カイラの剣がサダベルの喉元に突きつけられ、刃先から滴る赤い雫が床を染める。
「驚いたな……私の睡眠魔法を、この短時間で破ったのはお前が初めてだ」
「隊長! 冬休みはどうしたんだ?」
ダグが口を開くと、カイラはさらりと答えた。
「遊びに来たんだよ」
「学園長室の扉を蹴り破る……ふむ。だが、ここで引いてくれるなら見逃してやってもいい」
「どうする? カイラ」
アレンがにやりと笑う。
「断る」
カイラの声は冷たく、そして鋭い。
「学園長が海賊と手を組んでるんだ。学生としてじゃない――騎士団隊長として、あんたらを皆殺しにする」
バシュン!
カイラがサダベルに飛びかかった。
「アレン! ギャバットとカノンと一緒に、残ってる先生たちを避難させて!」
「任せろ!」
アレンが廊下へと駆け出す。
「いくらお前でも、私の魔力を侮るなよ……《ブレア!》」
サダベルが右手をカイラの腹に当てる。
ドンッ!
爆発音と共にカイラの体が後方へ吹き飛んだ。
「やはり、あなたの得意魔法は火炎系……」
「その通り。私の青の炎で、お前を焼き尽くす!」
サダベルが叫ぶ。
「もはやこの学園に用はない。王やクライスは動けない。今こそ世界を繋ぎ、日本やアメリカを手に入れる時だ。そのためにティードと手を組んだ」
「サダベルとは拉致した人間の三分の一を引き渡す約束をしている。こちらも好都合でね」
ティードがにやつく。
「……そういうことかよ」
ダグは竹槍を強く握り直した。
「ダグ、ティードの相手を頼めるか? 学園長を倒したあと、すぐに援護に行く」
「ああ! 時間稼ぎは任せとけ!」
「やれ、リヴァイアサン!」
カイラの背から青い竜が飛び出し、咆哮と共にサダベルへと突進する。
ドゴォォォン!
学園長室の壁が崩れ、中庭へリヴァイアサンがサダベルを弾き飛ばした。
「チッ……!」
ティードが舌打ちした。
「《ドルフィンズ!》」
ダグの呪文と共に、水のイルカが二匹、ティードの周囲を回り始めた。
「てめぇの相手はこの俺だ。投獄なんざ悠長だ。ここで処刑してやるよ!」
「図に乗るなよ、槍兵風情がッ!」
ティードが咆哮を上げると、その姿が歪み、巨大な狼へと変貌した。
「変身魔法か……それ、こっちの世界の獣じゃないな。どうやって……」
「“狼”さ。俺が人間の世界に初めて行ったとき、最初に殺した獣だ」
「レガース、今だ! 繋げろ!」
「了解!」
ビュン――池袋の空に、緑色のゲートが開いた。
「ヘッ! 何をする気だ! 《ドルフィンズ!》」
イルカ二匹がレガースに向かって飛ぶが――
「遅いな」
ティードはそれを素手で捕らえた。
――12月31日、午後11時55分、池袋。
人々が年越しの瞬間を待ちわび、笑顔を浮かべる中――
1月1日、午前0時。池袋の空に、巨大なワームホールが現れた。
「……おい、なんだあれ?」
「え? 何が?」
「空……ほら、あれだよ……」
人々が空を指さす。その瞬間――
「なぁ、槍兵。戦うなら、もっと楽しもうぜ?」
「……何をする気だよ」
ダグが警戒を強める。
「こうするのさぁ――!」
「グオオオォォォ!!」
再び咆哮を上げ、狼と化したティードがワームホールを跳躍し、――ヒューン、と音を立てて――
新宿の街に着地した。
「な、なに……!?」
ダグの呆然とした目の前で、ティードは池袋交差点の人混みへと突入する。
「うわああああっ!!」
「家畜共がぁ! 皆殺しにしてやる!」
ティードは男の首を掴み、その頭部を豪快に噛みちぎった。
「船長ォ! 連れてきたぞぉ!」
レガース、ジャック、ヴェンデッタが次々とゲートから降り立つ。
「きゃあああああああ!!」
群衆が悲鳴を上げ、四方に逃げ出していく中――
ティードは、地獄の幕開けを高らかに告げるように、不敵な笑みを浮かべていた。