会談を終え、クライスたちはハッタン城の大扉をくぐった。
「ハッタン王国とも、これでおさらばだな」とクリスが肩をすくめて言う。
「またあの砂嵐を通らなきゃいけないなんて……勘弁してくださいよ」と、メントが渋い顔でぼやいた。
クライスは微笑んで、顎をしゃくった。「ああ、帰ろう。皆の者、出航の準備を!」
「ハッ!」
兵士たちが号令に応じ、馬車の準備に走り出す。そのとき――
キーン――!
鋭い金属音のような衝撃が、クライスの脳を貫いた。
「……クライス王、聞こえますか?緊急事態です」
声が響く。カイラの魔力通信だ。
「サダベル学園長とティードが学園を襲撃しています。直ちに帰国してください!」
「……何があった?」とクリスが眉を寄せる。
クライスはすぐさま声を張った。「今すぐ帰国する! 海賊共が学園を襲っているとのことだ。メント、貴様の強化魔法で船の速度を最大まで上げろ!」
メントはすぐさま敬礼した。「承知しました、我が王よ」
*
《魔術大学校ルーン・中庭》
サダベルの腹に、リヴァイアサンの牙が深く食い込んでいた。
「ぐふぅ……さすがは水神を操る最強の戦力だな……」
カイラは静かに告げる。「選べ。牢獄か、死か」
――この世界の魔物は、魔獣・神獣・神に分けられる。
その中でも“神”は異質だ。神獣や魔獣とは比にならない力を持ち、各国の政府が厳重な契約のもと兵器として運用している。
カイラは、そんな神の中でも水神リヴァイアサンと雷神イカリ――二体と契約を交わした、世界初の存在だ。
契約とは、力で縛るのではない。神の“認可”が必要なのだ。
「……選択肢はもう一つあるさ。君を殺す!」
サダベルはそう叫ぶと、右手をリヴァイアサンの口へ向ける。
「ブレア!」
ドゴォン――!
爆発音が響き、リヴァイアサンの顔面が弾け飛んだ。サダベルはその隙を逃さず、燃え盛る神の顎から抜け出して、カイラへと歩み寄る。
「さぁ、始めようか」
その身体から、青く光るスライムが滴るように飛び出してくる。
「……神獣、ブレアスライムか」と、カイラが目を細める。
「その通り。こいつは触れた物質をすべて溶かす、獰猛な溶岩のスライムだ。人間世界へ渡る前に、この学園を地図から消してやろう」
「何を考えている! やめろ!」
カイラは叫び、空に向かって手を伸ばす。
「イカリ、来い!」
天空が割れ、雷鳴が轟く。雷神イカリがその巨躯を現した。
「もう遅い! ブレアスライム、学園を溶かせ!」
――ドバァン!
スライムの体内からあふれ出た溶岩が、津波のように校舎へ押し寄せる。
青白く燃え上がる建物。逃げ遅れた学生たちの絶叫が空を裂いた。
「くそがッ……結界魔法!」
カイラが魔法陣を展開し、周囲に強力なバリアを張る。
《ルーン学園・正門》
「おい……まじかよ……!」
悠は絶望に立ち尽くした。溶岩は、もはや後方の校舎だけでなく、目の前の空間までも呑み込もうとしている。
「もう一回繋がれ! リンク!」
眼前にゲートが開き、悠はその中へと走り込んだ。
バシャーンッ!
溶岩がすべてを溶かし、更地と化した学園の上で、カイラは静かに結界を解いた。
「……学園が……」
そこに、アレンが走り込んでくる。
「カイラ! 学生の七割は学園の外に逃がした! だが、残りの三割は……」
「いい。僕が殺さなかったから、こうなったんだ」
そのとき――
「素晴らしい……」
サダベルが、ゆっくりと拍手を打った。
「雷神を間近で見られるとはな……想像以上だ、カイラ」
「……目的はなんだ、学園長」
「人間世界の支配だ。そのために、ティード海賊団と手を組んだ」
カイラは鼻で笑った。「聞き飽きた」
「目的も動機もそれだけだ。今から人間世界へ渡る。まずは日本を火の海にする」
「ふはは、どうやって? 世界を繋ぐ能力もないくせに」
「……そろそろ、だな」
ビュン――!
サダベルの背後にゲートが顕現する。
「おい、学園長さんよ! 迎えに来たぜ!」
レガースの声だ。
「じゃあな、カイラ。日本が終わったら、次はアルタイル王国だ」
「だったら、僕も連れてってもらおうか」
「……は?」
その瞬間、カイラの姿が掻き消え、レガースの前に現れた。
ドゴッ!
拳が炸裂し、レガースの顔面を叩き潰すと、カイラはそのままゲートへと駆け込んだ。
「走り抜ける!」
アレンもカイラの背中を追って飛び込んでいく。
――池袋。
すでにティードたちが暴れ、特殊部隊SATと激しい抗争を繰り広げていた。
レガースが吹き飛ばされる。
サダベルはふっと笑った。「私のブレアスライムに手も足も出なかった者たちが、この私を止められるとでも?」
「止めなきゃ、あんた来るだろ?」
カイラが笑い返す。
「ぶふっ……!」
アレンは噴き出しかけた笑いを手で押さえた。