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第72話

ティード海賊団による東京侵攻から、二日が経過した。


焦土と化した学園の中庭で、カイラや生き残った生徒たちは静かに卒業式を迎えていた。それはあまりにも早すぎる卒業であり、戦いの爪痕が色濃く残る儀式でもあった。


翌日、午前十一時。アルタイル城、王宮。


威厳に満ちた玉座に腰掛けるクライス王。その前に、緊張の面持ちで立つ四人の若者たち。かつての学生だった彼らは、今や新たなる使命を背負おうとしていた。


「これより新軍隊“デジャヴ”の入団式を執り行う」

サナの澄んだ声が、玉座の間に響いた。「新たな騎士よ、前へ」


「はい!今行きます!」元気よく声を上げたのはエリーだった。道着姿のポニーテールの少女が一歩前に出ると、彼女に続いて、ギャバット・バーン、そしてクロスボウを背負ったぐるぐる眼鏡の男――ハンドル・クラッパーが跪いた。


クライスが厳かに告げる。「大魔術学校で好成績を収めた武道家エリー・カット、狙撃手ハンドル・クラッパー、ギャバット・バーンは、我が新軍隊の幹部としてここに任命する」


「押忍!」と力強く声を上げたエリーに、隣のハンドルは思わず苦笑した。


エリー・カットは、打撃技を得意とする近接戦のエキスパートだ。その強さは学園内でも群を抜いており、彼女に真っ向勝負で勝てる者はいなかった。


一方、ハンドルは臆病で温厚な性格だ。学業成績こそ並以下だったが、両親が猟師だったこともあり、狙撃の腕は天賦の才とも呼べるほどの正確さを誇っていた。


その後方で、カイラがぽつりと呟いた。「……こんなことしてる場合かよ」


だが式典は、止まることなく進んでいった。


一時間後。


王位継承の儀が始まり、大扉が開かれると、ガルル王子が静かに登壇した。彼は玉座の前に跪き、父であるクライスと目を合わせる。


「王のマントを、そなたに授ける」


クライスはゆっくりと自らの青いマントを脱ぎ、それをガルルに手渡した。王子はそれを丁寧に受け取り、胸に抱いた。


こうして、アルタイル王国の新たなる王が、正式に誕生した。


さらに一時間が経過した頃――


「早速だが、任務だ」


声の調子はいつものクライスだったが、その眼差しはどこか決意に満ちていた。


「我が国は、魔国ジーンへの侵攻を正式に開始する」


一瞬、室内の空気が凍った。


「魔国の連中は狂っている。エルフだろうが人間だろうが殺し、誘拐し、拉致し、拷問する。そういう連中だ。近隣のハッタン王国、ボルケーノ王国にもすでに被害は出ている。我々はこれを野放しにするわけにはいかない。敵勢力の排除と、完全なる無力化を――君たちにはそれを託したい」


カイラが前に出て、問う。「敵の兵力は?」


「貧困国家だ。我々の兵力の方が上だろう」とクライスは即答した。


そして一拍置いて、静かに付け加えた。「私はもう王ではない。これからは“ただのクライス”だ。そんな私が命令するなど気が引ける……だが、私もこの戦いに参加する」


思わずエリーが声を上げた。「ちょ、ちょっと待ってください! クライスが行かなくても――!」


クライスはその言葉を遮るように静かに言った。「私は、罪を重ねすぎた。人間に対しても、この世界のエルフたちに対してもだ。だからこそ、この戦争で世界を救わなければ、もう……“あいつ”に顔向けできない」


その言葉に、カイラはそっと目を伏せた。


「母さんのことだね……」


「カイラ。この戦争が終わったら、君に話しておかなければならないことがある」


彼はまっすぐに父を見返し、小さくうなずいた。「ええ、聞きますよ。でもその前に、世界を救わなきゃね」


その決意の瞳を前に、クライスは小さく頷いた。


こうして、カイラとクライス――そしてアルタイル王国軍は、狂気に支配された魔国ジーンへと進軍を開始した。歴史に刻まれる、新たな戦争の幕が、今、上がろうとしていた。

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