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第74話

 メントが笑みを浮かべながら言った。


「カイラは追放した。これで魔王の役目もおしまいだ」


 その言葉に、クライスが殺気を孕んだ声で応じた。


「絶対に逃がさない」


 彼の周囲には、デジャヴの仲間たちが自然と集まり、守りの陣形を築く。


 そこへ、不意にしなやかな足音が響いた。


「ごきげんよう、新しい軍隊の皆さん」


 優雅に現れたのは、ヴェンデッタ。闇に溶け込むような黒衣をまとい、冷ややかな微笑を浮かべていた。


 ギャバットが前に出る。


「クライス王、時間を稼ぐ。こいつは俺らが引き受ける」


 クライスが一瞬だけためらい、それでも力強くうなずいた。


「無理はするな。危ないと思ったらすぐに退け」


「押忍!了解っ!」


 エリーが拳を握り、気勢を上げる。


 だが、ヴェンデッタは余裕のまなざしを向けた。


「あなたたちじゃ、私には勝てないわよ」


「それはどうかな!」


 ギャバットの怒声とともに魔力が揺らぎ始めた。


最奥呪法スピア


 静かに詠唱したヴェンデッタの手元に、黒き槍が形成されかけたその時。


氷結魔法ボール!」


 鋭い声と共に飛来した氷の球が、ヴェンデッタの術式をかき乱した。


「所長……!?」


 驚く悠の視線の先には、ロイスが立っていた。


「魔王退治の英雄が、こんなところで何を?」


 ヴェンデッタが皮肉を込めて問いかける。


「かつての仲間に加勢しに来たのよ。あんたこそ、私たちには勝てない」


 ロイスの言葉に、ヴェンデッタは口角を上げる。


「じゃあ私も仲間を呼ばないとね」


「何……?」


「《死体操術》」


 不気味な詠唱とともに、二体の影が地面から姿を現す。


「レガース……そして、キャプテン・ティード……!」


 緑に爛れた皮膚、崩れかけた肉体。アンデッドとなったふたりのかつての強敵が、唸り声とともに立っていた。


「馬鹿な……アレンが殺したはずじゃ……!」


 ギャバットが愕然と呟くと、ティードが低く笑った。


「俺たちはアンデッド。崇高なるヴェンデッタ様の力で蘇ったのさ」


 悠が静かに口を開く。


「……レガース。あいつ、もともと死体だったんだな。ダイアリーの戦闘の時から……」


 ヴェンデッタが、ふとロイスを見つめる。


「長く人間の世界に居座ってたようだけど、目的は何? 魔法使いさん」


 ロイスはまっすぐに答えた。


「私は人間の世界で学んだの。彼らの“優しさ”を」


「私たちは何も悪くない人間をさらい、食料にし、商品にしてきた。この事実から、私たちは目を背けてきた。……もう、やめましょう?」


「だから私が、異世界と人間世界の平和を繋ぐ架け橋になる」


 ヴェンデッタは鼻で笑いながら応じる。


「へぇ、そんなエルフは今までいなかったわ」


 そして一歩踏み出し、冷たい声で言い放つ。


「もういいかしら? ……死んでもらうわ、《最奥呪法ス――》」


 バァン――!


 銃声が響いた。ヴェンデッタの身体が仰け反り、その場に倒れる。


「な、なぜ……意識が……戻ったの……!?」


 彼女の背後には、ショットガンを構えるティードがいた。


「悪いな、魔女。俺を支配するには技量が足りなかったようだ」


「なにっ……!」


 メントもその光景に凍りついた。


「こうなったら……計画の最終段階に移行する!」


 剣を構えるクライスが叫ぶ。


「計画? 何をする気だ」


 その瞬間、メントが悠を見据えて叫ぶ。


「探偵! 世界を繋げられるのはお前たちだけじゃない!」


「この私も――《ウォーク》!!」


 ゴゴゴゴ……ッ! 大地が震え、天が裂ける。


「なんだよ、これ……」


 悠が呆然とつぶやく。


 空に浮かぶのは――もうひとつの地球。人間の世界そのものだった。


「わかるか? 探偵」


 メントの声が響く。


「これが月の軌道にぶつかれば、お前たちの世界は終わりだ。人間世界が崩壊すれば、隣接したこの異世界も地球の破片で滅びる」


「始めようじゃないか。――滅亡を!!」




 ――1月19日 午前0時

 ――魔国ジーン 南収容所


 世界滅亡まで、あと六時間。



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