メントが笑みを浮かべながら言った。
「カイラは追放した。これで魔王の役目もおしまいだ」
その言葉に、クライスが殺気を孕んだ声で応じた。
「絶対に逃がさない」
彼の周囲には、デジャヴの仲間たちが自然と集まり、守りの陣形を築く。
そこへ、不意にしなやかな足音が響いた。
「ごきげんよう、新しい軍隊の皆さん」
優雅に現れたのは、ヴェンデッタ。闇に溶け込むような黒衣をまとい、冷ややかな微笑を浮かべていた。
ギャバットが前に出る。
「クライス王、時間を稼ぐ。こいつは俺らが引き受ける」
クライスが一瞬だけためらい、それでも力強くうなずいた。
「無理はするな。危ないと思ったらすぐに退け」
「押忍!了解っ!」
エリーが拳を握り、気勢を上げる。
だが、ヴェンデッタは余裕のまなざしを向けた。
「あなたたちじゃ、私には勝てないわよ」
「それはどうかな!」
ギャバットの怒声とともに魔力が揺らぎ始めた。
「
静かに詠唱したヴェンデッタの手元に、黒き槍が形成されかけたその時。
「
鋭い声と共に飛来した氷の球が、ヴェンデッタの術式をかき乱した。
「所長……!?」
驚く悠の視線の先には、ロイスが立っていた。
「魔王退治の英雄が、こんなところで何を?」
ヴェンデッタが皮肉を込めて問いかける。
「かつての仲間に加勢しに来たのよ。あんたこそ、私たちには勝てない」
ロイスの言葉に、ヴェンデッタは口角を上げる。
「じゃあ私も仲間を呼ばないとね」
「何……?」
「《死体操術》」
不気味な詠唱とともに、二体の影が地面から姿を現す。
「レガース……そして、キャプテン・ティード……!」
緑に爛れた皮膚、崩れかけた肉体。アンデッドとなったふたりのかつての強敵が、唸り声とともに立っていた。
「馬鹿な……アレンが殺したはずじゃ……!」
ギャバットが愕然と呟くと、ティードが低く笑った。
「俺たちはアンデッド。崇高なるヴェンデッタ様の力で蘇ったのさ」
悠が静かに口を開く。
「……レガース。あいつ、もともと死体だったんだな。ダイアリーの戦闘の時から……」
ヴェンデッタが、ふとロイスを見つめる。
「長く人間の世界に居座ってたようだけど、目的は何? 魔法使いさん」
ロイスはまっすぐに答えた。
「私は人間の世界で学んだの。彼らの“優しさ”を」
「私たちは何も悪くない人間をさらい、食料にし、商品にしてきた。この事実から、私たちは目を背けてきた。……もう、やめましょう?」
「だから私が、異世界と人間世界の平和を繋ぐ架け橋になる」
ヴェンデッタは鼻で笑いながら応じる。
「へぇ、そんなエルフは今までいなかったわ」
そして一歩踏み出し、冷たい声で言い放つ。
「もういいかしら? ……死んでもらうわ、《最奥呪法ス――》」
バァン――!
銃声が響いた。ヴェンデッタの身体が仰け反り、その場に倒れる。
「な、なぜ……意識が……戻ったの……!?」
彼女の背後には、ショットガンを構えるティードがいた。
「悪いな、魔女。俺を支配するには技量が足りなかったようだ」
「なにっ……!」
メントもその光景に凍りついた。
「こうなったら……計画の最終段階に移行する!」
剣を構えるクライスが叫ぶ。
「計画? 何をする気だ」
その瞬間、メントが悠を見据えて叫ぶ。
「探偵! 世界を繋げられるのはお前たちだけじゃない!」
「この私も――《ウォーク》!!」
ゴゴゴゴ……ッ! 大地が震え、天が裂ける。
「なんだよ、これ……」
悠が呆然とつぶやく。
空に浮かぶのは――もうひとつの地球。人間の世界そのものだった。
「わかるか? 探偵」
メントの声が響く。
「これが月の軌道にぶつかれば、お前たちの世界は終わりだ。人間世界が崩壊すれば、隣接したこの異世界も地球の破片で滅びる」
「始めようじゃないか。――滅亡を!!」
――1月19日 午前0時
――魔国ジーン 南収容所
世界滅亡まで、あと六時間。